サイトアイコン 黙考のしじま

影光る

影光る

 

浜辺に足跡のみを残して

消えてしまった彼は、

多分に、月影の下

影踏みに夢中で海に消えたのだらう。

彼の影は異様に光り、

私はそれを見た途端に

それが梶井基次郎の霊と見当をつけ、

彼は『Kの昇天』の如くに

影にどこかで落っことした吾を見つけてしまったに違ひない。

そんな影を踏む影踏みは、

夢中にならずにはゐられず、

その吾を踏み付ける愉楽は

何物にも代へがたくあり、

彼もまた、影が光りを帯びた霊性の眷属に見えたに違ひない。

さうして、死に行く彼は、

最期に

――Eureka!

と快哉を挙げ、

その聲が消ゆると共に絶命したこの入水に

彼は重い癆痎から解放され、

初めて安らぎの中に没することが出来たに違ひなく、

吾もまた、夜の秋の月影の下、

この吾の光る影を踏み躙り

名状し難き愉楽の中で、

入水する欲求に甘んじて

溺死する吾を

唯、抱き締めるしかなかったのであった。

モバイルバージョンを終了