断崖
アナクシマンドロスの時代から何にも変はってをらず、
世界は四角い平面で、
その涯は断崖絶壁でさうして世界は海に囲まれてゐる。
その世界の涯に私はいつしか追ひ込まれ、
断崖を背に異形のものに今かと襲はれる寸前なのであった。
それは夢ではなく、
何かの折に不意に私を襲ふ表象で、
私はいつも異形のものに追はれては断崖へと追ひ詰められ、
――ええい、ままよ。
数百メートルはある断崖から飛び降りる決心がつかぬまま、
異形のものに躙にじり寄られて行くのである。
いつもはそこで吾に返るのであるが、
その時は私は何を思ったのか、
何の躊躇ひもなくその断崖から飛び降りてしまったのである。
数秒間の宙を落下する中、
私は走馬灯の如く浮かぶ吾が全人生を振り返り、
そのなんとも心地よい浮遊感に
吾が身を委ね、
天へ昇る感覚の中にのゐたのであった。
と、激烈な衝撃で吾が意識は何処かへと飛んでしまひ
私は一瞬吾を見失った。
その後、気が付くと
私は断崖の上から
波濤に揺られる吾が遺骸を見下ろしてゐた。