チェンバロの哀しげな旋律に誘はれるやうに
むくりとその頭を擡げた哀しみは
胸奥に折り畳まれてある心襞に纏はり付きつつ、
首のみをぐっと伸ばして《吾》に襲ひ掛かるのだ。
――何を見てゐる?
さう言った哀しみは、哀しさうに《吾》を喰らひ、
大口からどろりとした鮮血を流しながら、
更に《吾》の腸(はらわた)を貪り食ふのだ。
それでも死ねぬ《吾》は、
鮮血を口から流しながら《吾》を喰らふ哀しみの悲哀を
ぐっと奥歯を噛み締めながら受容する。
――なぜ消えぬのだ、お前は?
――ふん、消えてたまるか! 《吾》は《吾》為る事を未だ十分には味はってゐないのだぜ。そんな未練たらたらな《吾》が哀しみに喰はれたぐらゐで消えてたまるか!
薄ぼんやりと明け行く空に
茜色に染まった雲が
菩薩の形へと変容しながら
ゆったりと空を移らろのだ。