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Tag: 邂逅

邂逅

邂逅   視界の縁できらりと輝くのは「死者達」の魂魄か それとも病んだ眼球の見せる幻覚なのか しかし、俺にとってそんな事はどうでもよく 唯、そこに気配を感じられればそれでよいのだ。   その光は絶えず俺を見張ってゐて、 どうやら俺に会ひに来たのかもしれぬのだ。   だが、その光るものは決して面を現はす事はなく 只管、そのものの発する光が俺の視界の縁にてちらりと輝くのだ。   俺はそれにどう対していいのかも解からず 尤も、その光こそ俺が長年待ち望んだ邂逅なのか それが死んだ者達の魂魄である事を望んでゐる俺が確かにゐて、 死んだ者達との邂逅が待ち遠しいのだ。   ――死んだ者達との邂逅。   などと嗤ふ奴がゐて それでも死んだ者達の「声」が聞きたいのだ。   そして、その気配に抱かれたとの懐かしい感覚は 何故湧くのか解からぬとしながらも、 しかし、俺はこの感覚を知ってゐた筈なのだ。 この懐かしさこそ、俺が俺であり得た根本で、 俺の源流に繋がる何かなのだ。   確かに俺の視界の縁できらりと輝くものがあり、Read More邂逅

邂逅

邂逅   既に《吾》に邂逅してしまった《吾》ほど哀しい《もの》はない。 何故って、《吾》が《吾》において既に断念しなければならないからさ。 断念するとは此の世に対峙することでも背を向けることでもなく、 《世界》の為すが儘に《吾》もまた、変容する事を強要される事に外ならない。   ちょっとでも《吾》が摂動しよう《もの》ならば、 誰も遁れられぬ天罰が待ってゐるのだ。   業火に燃える《吾》を《吾》はdéjà vu(デジャ・ヴ)として認識してゐなければならないのだ。 それでも《吾》は《吾》である事に対して一歩も退いてはならぬ。 それが業火に燃える《吾》に対する最低限の礼なのだ。   仮にそこで《吾》から撤退する《吾》がゐるならば、 そいつは既に《吾》を他人に売りを渡した《悪魔》の眷属でしかない。 自らを自らにおいて断念した《もの》のみ《吾》は《吾》に対して問へるのだ。   ――何が《吾》なのか。   と。 さうして初めて《吾》は《吾》を礼節に則りもてなせるのだ。 そこには厳しい《存在》に対する謙虚さのみがあるのみで、 さうして《吾》に断念した《吾》は、分を弁へる。 分を弁へた《吾》のみ、《吾》が発する祝詞の如き言葉を理解し、 《吾》は独りその針の筵の上の如き《存在》の《吾》に対して礼を尽くせるのだ。 そこに憐憫は禁物だ。 それこそ《吾》に対する非礼でしかない。  Read More邂逅

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