それは何処までも行っても切りがない猜疑心であった。
《吾》が一度《吾》に対して猜疑を抱くと
その蟻地獄から抜け出せないのだ。
「ずばっずばっ」、と蟻地獄がその深淵の底から《吾》を
喰らふために闇の土を撥ね飛ばしながら
その頭を現はし、
蟻地獄の鋏にがっしりと挟み込まれた《吾》は、
更に《吾》に猜疑心が増しながらも、
《吾》といふ自意識を喰らふ事を已めぬ蟻地獄に対して不敵な嗤ひを
その悲愴な顔に浮かべる見栄を尚も保持し、
さうして《吾》の意識と言ふ体液はすっかり蟻地獄に吸はれてしまひ、
すっかり干からびた《吾》は、さうなって初めて《吾》の本性を垣間見る。
さて、この闇の主たる蟻地獄はその棲処の深淵の底で「私」のやうな
道に踏み迷った意識と言ふ体液を吸ひ取りながら命脈を繋いでゐるのか。
ならば、《吾》は自らを敢へて正当化し、辛うじて《吾》に残る矜持で
蟻地獄の巣の底に打ち捨てられし《吾》は《吾》の醜悪な本性と対峙するのだ。
――何を迷ってゐるのか? 蟻地獄が《吾》の化けの皮を剥いでくれたのだ。
さうして、《吾》は般若に化した。