何も言はずにそいつは撲殺されるがままに死んでいった。
その時、その場にゐた者はそいつの眼から決して眼を背けてはいけなかったのだ。
しっかりと撲殺されゆく者のその哀しみを起立した姿勢のまま、
黙って受け止めなければ撲殺されたものの魂は浮かばれず仕舞ひなのだ。
その日、空は雲一つなく、真っ青の蒼穹で、
撲殺されゆく者の肩に撓んで圧し掛かり、
そいつはばたりと倒れ込んだ。
ぶん殴るときの鈍い音だけを響かせてはゐたが、
その場にゐた者は皆苦虫を噛み潰したやうな顔を突き合はせて、
「ぼくっ」と言ふ鈍い音とともに倒れたそいつのかっと見開かれた眼玉を凝視し、
しかし、一瞥しただけで既にそいつは全てを語り果してゐたのだが、
それを見てゐた者は、一時もそいつから目が離せず、
それが死にゆく者に対する
最低限の礼儀だったのだ。
もう、二度と今生で会ふ事もない者を彼の世に送る儀式として、
先づ、そいつの死に様を、唯、撲殺されゆく者の眼から眼を逸らしてはならぬ。
理由なく、そいつは撲殺されたゆゑに。
しかし、此の世は不合理である事を
知り尽くしてしまってゐる者どもの眼は、
腐った鰯の眼玉そっくりに、たまたま死に損なったに過ぎぬのだ。
それゆゑ、生き残ってしまった者の礼儀として
そいつが確かに死んでしまったのを見届けた後に、
一滴の涙を零して瞑目すべきなのだ。
さうすることで、唯一、撲殺された者を弔ふ葬送は終はる。
野辺送りした後、
そいつの残滓を追ひ求めつつも、
残されし者は黙って一礼し、
さうして、その場を離れるがいい。
これが撲殺されし者に対する
折り目正しくある礼節なのだ。
この作法を行はずして、
撲殺されし者は浮かばれようか。