何処で音が鳴ってゐるのか判然としない天籟が、
また、聞こえ出す。
吾独り畳に胡坐を舁き、
天籟が鳴る事で兆す猛嵐をぢっと待つのみ。


天籟は何時も嵐を呼び、
さうして吾の内部も大揺れするのだ。
それが楽しいとか不快とかいふ以前に
猛嵐は必ずやって来て、
大地を揺るがすのだ。


この天籟は、しかし、吾のみが聞えてゐるらしい。
何時も《他》はこの天籟に気付くことがなく、
気象そのものを見下し、
人間の統制下に気象があると端から看做してゐるその傲慢さに
全く気付くことなく、
天籟の不気味な響きのみが
全世界を巻き込んだ大交響曲の轟音として
終ぞ直ぐにでも鳴り響くことが予感される恐怖。


人間が塵芥の如くに死んでゆく猛嵐を前にして、
誰が己の死を予感してゐるのだらうか。
しかし、哀しい哉、猛嵐が来ると必ず人間が死ぬのだ。
天籟はそれ故に死を予感させるもの。
それが私の内部をざわつかせ、
ぢっと天籟に耳を澄ませる事になるのだ。


もうすぐに、私を含めて誰かが死ぬ予感、
それが天籟の鳴る音に聞き耳を立てずにはゐられぬ理由なのだ。


さて、この天籟が大轟音に変はる時、
またもや誰がが死んでゆく。


静寂に包まれしこの時間のありがたさ


何時になくざわつく心を持て余し何処へと吾は遁走するのか
積 緋露雪

物書き。

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