何を思ったのだらう。
私は無意識に日向へと出て、
私の影法師を踏んづけたのだ。
さうせずにはをれぬ私は、
不図我に返ると
苦笑する以外、その場を遣り過ごすことは出来なかった。


しかしながら、さうして私に踏んづけられた私の影法師は、
もぞもぞと動いては私から何としてでも逃げたくて仕方がないのを
最早全く隠すことなく、
私にあかんべえをしながら、
揺らめいてゐたのであった。


日向の世界は仄かに暖かく、
私を私に自縛しながらも、
闡明する世界を私に見せたのであった。


成程、世界は根本的には美しいものに違ひないのであったが、
私には、幻滅しかもたらさず、
しかし、世界には私の思ひなんてこれっぽちも気にする筈もなく、
その美しさを持て余しているやうに見えたのだ。・


美しいこともまた、哀しい存在なのかも知れぬとは
世界がさうである以上、私に絶えず意識させずにはをれなかったのであるが、
美しいことはやはり罪深いかも知れぬと思はざるを得なかった。


しかし、私にまだ、美を見出す感覚が残っていようとは思ひもよらぬことではあったが、
世界はそれ程に美しかったのである。


さうし手、日向の美に溺れた私は、
影法師を私から自由にするやうにして踏んづけることを已めて、
ぐるりと世界を見渡して、
エドガー・アラン・ポーの『ユリイカ』の一説にあるやうに、
世界を一瞥で理解し果せられるかとの錯覚に溺れつつも、
ハクションとくしゃみをした世界を見て、
私は微笑まざるを得なかったのである。


何にせよ、私はまだ、この世界の中に存在してゐて、
さうして揺らめいてゐたのである。


それは影法師が揺れてゐたことから解ったし、
また、私自身、揺れてゐることを感じてゐたのだが、
それが存在自体が揺らめいてゐるとは知る由もなく、
一人の馬鹿者でしかない私は、
私にばかり目を向けてゐた所為で、
結局私は、何にも見ていない節穴の眼で、
世界を、存在を眺めてゐ他に過ぎぬのであった。


――初めに揺らめきがありき。さうして存在は此の世に立ち現はれるのだ。うふっ、そして、其処には笑ひに満ちた世界が広がる。唯、私のみを置いてきぼりにしながら。
積 緋露雪

物書き。

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積 緋露雪

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