遠吠え
真夜中に何ものに対してか遠吠えしてゐたお前は、
きっと幽霊でも見ちまったに違ひない。
ゆらりゆらりと暗闇に揺れる幽霊は、
しかし、何とも可愛らしいぢゃないか。
幽霊がおどろおどろしいのは間違ってゐるに違ひない。
何故って、お前が遠吠えして呼んでゐたものが
おどろおどろしい筈がないぢゃないか。
さうして幽霊を呼び寄せて、来世について感じ入ってゐたお前は、
しかし、死へと余りに近付き過ぎてゐて、
儚い命を燃やし尽くしてしまったのだ。
遠い昔の先祖の血は抗へぬと、
さうして遠吠えしてゐたお前は、
闇夜に己の存在を主張してゐたといふのか。
そんな薄っぺらことをする筈はないとは思ひつつも、
遠吠えせずにはをれぬお前の焦燥は、
何とも可愛らしいかったのだ。
しかし、最早限りある命を燃やし尽くさうとしてゐたお前は、
此の世でその遠吠えをすることで
己の存在が幽霊でないといふことを確認していたのかも知れぬ。
生と死の狭間に行っちまったお前の遠吠えは、
何時までも俺の胸奥に響き渡り、
残されるのだ。
そんなお前の残滓に涙する俺は、
お前の遠吠えの空耳を聞きながら
お前が此の世に存在したことをしっかと胸に刻みつけ、
俺は今日も夜更かしをして、煙草を吹かすのだ。