平衡感覚に不図魔が差す刹那、
吾が五蘊場では何かの繋がりが切断したやうに
何ものも掴む物を失ひ、
そのまま、卒倒するのだ。
意識は、しかしながら、とってもはっきりとしていて、
ぶつりと切れたその五蘊場の繋がりを再び繋ぎ合わせる余裕はなくとも、
ぶっ倒れゆく己のその様は、とてもゆっくりと起こり、
だが、確実にぶっ倒れた俺は、
地に臀部が接した刹那、
意識が膨張するやうな錯覚を覚え、
肥大化する自意識と言ふ化け物を見てしまった。
その化け物は、さて、何思ったのか、吾が肥大化した自意識を喰らひ始め、
少しでも、吾が身を落ち着かせやうと肥大化した自意識を萎ませようと躍起となるのかも知れぬが、
一方で、地に平伏すしかない俺は、最早身動きもできぬ嘆かわしい事態に遭遇する。


頭蓋内が鬱血したかのやうな感覚が甦る中、
衰へゆく吾が肉体の有様は目も当てられぬのだが、
それでも生きることは已められぬ侘しさを思ひながら、
意識のこの切断に見る狼狽は、全く凪ぎ状態であり、
悠然と吾が卒倒を味はひ尽くすやうに肥大化した自意識は、
自らを喰らひつつもその歯形で五蘊場に卒倒の記憶を刻むのか。


意識に魔が差すといふことが卒倒でしかない吾が反射の貧弱さは、
目を蔽ふばかりではあるが、
それでも、尋常ではないその状況は、受容せねばならぬことなのだらう。


意識に魔が差したとき、
今振り返れば、その前兆は何もなかった。
ただ、不気味な予兆はあったに違ひないのだ。
しかし、それにすらも気付けぬ俺は、
感覚が愚鈍化してしまった木偶の坊でしかないのだ。


魔が差す意識といふものの時空の間隙に、
自意識はその穴を埋めるやうにして急速に肥大化し、
しかし、それに危機を抱く自意識と言ふ矛盾した自意識の在り方に
この俺は、内心ではをかしくてならぬのだ。
何故って、この慌てふためく吾と言ふ自意識の肥大化が、
内部矛盾を招きつつ、やがて崩壊するのだらうから。


この卒倒が極めて深刻な病の前兆だとしても
それはそれで楽しむべき物なのだ。
何せ、生きていることが不思議なのだから。
ここで、言語鋭利にして切れ味鋭く表現すれば、
諸行無情と言ふ外なく、生あるものは何時しか滅する定めの中で、
少しづつ、否、忽然と歯車が狂ふやうに統覚に軋轢が生じ、
卒倒するといふ事態に対して平静を装ってゐるが、
しかし、最期は必ず来るものと諦念が先立つ生は、
しかしながら、本末転倒の生でしかなく、
諦念は、命尽きてからでも決して遅くはないのだ。


とは言え、断念することは現在に投げ出されてゐる俺にとっては、
必然のことで、この肥大化する自意識に喰らひつく自意識の存在は、
俺に何頭もの自意識の化け物が五蘊場には存在してゐることを示す証左であり、
それが俺だと、叫びたい欲求は空前絶後のものとしてある俺は、
ところが、さう叫ぶことに全くの忸怩たる思ひしか抱けぬのだ。


哀しい哉、俺と言ふ存在を肯定できぬ俺は、
事ある毎に俺を否定し、胸奥で俺を虐待するMasochism(マゾヒズム)に耽るのだ。
自己を虐め抜くことでしかその存在を保てぬ哀しさは、
意識に魔が差した今になって、より闡明するのだ。
積 緋露雪

物書き。

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積 緋露雪

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