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譫妄の中で

混濁する意識が辛うじて発した
――おれ。
といふ言葉は、果たして譫妄状態にあるおれのことをどれほど自覚した上で、
発せられたのであらうか。
そもそも意識が混濁することなく、
闡明する中での覚醒した意識が
――おれ。
と発した言葉は、おれの表象の上澄み液の部分で虚しく響き渡るだけなのだが、
混濁した意識の中で発した
――おれ。
といふ言葉ほど切羽詰まった言葉はないだらうが、
しかし、既にその状態のおれは、おれを捨ててゐるのだ。
もうおれを断念した譫妄状態のおれといふものは意識を失ってゐて、
発するのは、譫言ばかりなのであるが、
それは悪夢を見せる夢魔の力なのか、
意識は離合集散を繰り返しながら、
意識の閾値上を浮沈してゐるのだ。
それは多分呼吸と関連してゐて、
息を吐いたときに意識は離散して深海のやうな闇の中へと沈み込む。
そして、息を吸ったときに意識は集合して、
海の水面のやうな意識が意識であり得ることが可能な、
幽かなおれに縋り付き、
おれを見つけたとぬか喜びする。


それが意識の本質ならば、
意識は意識=力といふやうな
量子力学でいふ強い力や弱い力のやうに
意識はその力で結びつけられてゐるかも知れぬ。
譫妄状態ではその意識を束ねる力がばらばらになり、
更に、意識もまた、物質の素粒子で出来てゐるのであれば、
譫妄状態のおれは強い力と弱い力は弛緩して、
意識が意識として存立するのは決してない。


意識を失ったおれが譫妄状態で発する譫言とは、しかし、おれであり、
それは夢魔により見せられる悪夢と似てゐるのは間違ひない。


譫妄の中でおれは貪婪にもおれを鷲掴みにすることを試みてゐるのだ。
しかし、それは悉く失敗に終はり、
おれの意識とは反して、意味の通じない譫言を発するのだ。
それで、おれはおれを捨ててゐる。

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