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傷痕

何時火傷したのだらうか。
目覚めてみると右手に大きな水ぶくれした傷痕があったのだ。
おれはよくパイプ煙草を持ちながら寝てしまふ愚行を繰り返してゐるのだが、
此の傷に全く気づかずに寝てゐたことから、
火事で焼け死ぬ人は夢見中に心地よく焼け死んでゐるに違ひないと強く思ふ。。


睡眠中には熱いといふ感覚、つまり、全的に感覚が麻痺してゐる事を知ってしまったおれは、
基督教徒ではないが、
例えば、煉獄を通って焼かれても何にも感じずに浄化されるといふ現象は
本当かもしれないと思ひ始めてゐる。


何の感覚も無いという絶望は、
意識を失って卒倒してゐるに等しく、
それはおれの無残な敗北でしかないのだ。
何に対する敗北かと言へば
それは、地獄さ。
地獄で卒倒してしまへば、
それは地獄の責め苦に何の効力も無くなり、
おれは卒倒してゐる故に全く何にも感じないのだ。


それは、危険なことに違ひない。
己の限界値をぶち切ってしまっても、
尚、地獄の責め苦を受けるといふことは、
それは既に処刑でしか無く、
地獄で生き残れた念にとって
自殺行為なのだ。


――へっ、地獄で自殺? 馬鹿らしい。


しかしながら、仮に地獄で自殺できるのであれば、
その自殺した念は何処へと行くのだらうか。


――地獄に決まってるだらうが。


地獄で自殺した念はまた地獄へと舞ひ戻るならば、
その円環から抜け出せなくなった念は五万とゐる筈で、
それこそ浮かばれぬ念の行く末は、何かといへば
自殺はまるでBlack holeいふ事か。
一度自殺をしてしまふと、それは地獄へ行く筈で、
地獄でまた自殺をし、
さうして再び地獄に舞ひ戻る。


これを蜿蜒と未来永劫に亙って繰り返す地獄の最下層に吸ひ込まれた念どもは、
結局自殺するといふ《自由》を選んだつもりが、
Black holeの中を行きつ戻りつしてゐるに過ぎぬのかも知れぬ。


嗚呼、哀れなる念どもよ。
自由を行使したつもりが、
不自由の真っ只中に
囚はれる愚行を、
自殺といふ行為で行ってゐるに過ぎぬことに気付かぬをかしさ。


Black holeに行きたければ自殺すればいい。
何の事はない、
Black holeも日常に五万とあるぢゃないか。
その一形態が自殺だとすれば。


さうして今日も日常が始まり、そして終はるのだ。

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