そこはかとなく、心の奥底から湧いてくる幽かな感情は恐怖だったのかも知れぬ。
おれが此の世に存在することの意味を問ふ馬鹿はもうせぬが、
存在するだけで恐怖を感ずるのはとても自然なことなのかも知れぬと思ひつつ、
おれは意気地がなく、おれがここにあると断言できぬのだ。
その曖昧なおれの有様に業を煮やしたおれは、
おれを口汚く罵るのであるが、
そのMasochistic(マゾヒスティック)な好みは天賦のものなのか、
何ら苦痛に感ずることなく、
むしろ其処に快楽を感じてゐるおれがゐるのだ。
おれが此の世に存在することはそれだけでおれに恐怖を呼び起こす因として、
おれが仮に受け容れたとしてもこの幽かな恐怖はいつまで経っても消えぬだらう。
――それでいいのだ。
と、肯定するおれもゐなくはないのであるが、
だからといってこの幽かな恐怖から遁れることはなく、
いつも絶えずおれを追ってくるのが、この恐怖と言ふ感情なのだ。
おれがゐるといふこの認識はたぶん間違ってゐるのかも知れぬが、
それでもおれがあると言ふこの感覚は消せぬのだ。
消ゆるといふことに憧(あくが)れてからどれほどの星霜が消え去ったのだらうか。
しかし、夕日が沈むやうに消えたとして朝日が昇るやうにはおれは生き返りはしない。
その一方通行の死にいつでも憧れ、
魂魄が口から飛び出すやうに此の世に彷徨ひ始めるその刹那、
Thanatos(タナトス)を現象としては味はへるが、
此の世を彷徨ふこの意識はたぶん無いに違ひない。
あるのは、おれがあると言ふ感覚だけで、
おれの魂魄は満足できず、
それ故に彷徨ふのか。
それでも、そんな夢物語を思ひ描いた処で
いつでも死ねると言ふことのみを希望にして、
おれはかうして生き延びてゐるのだ。
――ちぇっ、下らねえ人生だな。