焦燥
此の焦燥感は何ものも留めることはできぬのか。
それとも、このおれと言ふ存在に我慢がならぬのはまだ善としても、
おれが焦燥感に囚われて、
無鉄砲なことを何時しでかすかと杞憂に囚われているのか。
巨大な黒蟻の大群がおれを喰らふために襲ってこないかと
おれは恐れてゐるのか。
馬鹿らしいとは重重承知してゐるとしても、
おれは白昼夢を見ることが大好きなやうで、
巨大な蟻の大群がおれを狙ってゐることでしか生の感触を味はへぬこの不感症なおれは、
既にその巨大な黒蟻の大群に喰はれてゐるのかもしれぬ。
この幻視を以てしておれの存在の感触をおれは味はふ歓びに浸りながら、
喰はれ行き、そして虚空に消ゆるおれの行く末におれは歓喜の声を上げると言ふのか。
そして、其処にのみおれの求めるものがあると言ふのか。
喫緊に希求してゐるものは、
おれをして現はれる幻視でしかないのか。
それでは一時も生き永らへることはできぬといふことを知りつつも、
ブレイクのやうな幻視の世界を希求せずにはをれぬおれは、
ないもの強請りの駄駄っ子に過ぎず、
だから、世界はおれを中心に回ってゐるといふ傲慢な考へに何の疑念も抱けぬのだ。
幻視の世界は、つまり、おれなくしてはあり得ぬことが唯一の慰みで
さうして慰撫するおれの羸弱な有様は、
だからなお一層、巨大な黒蟻を欣求するのだ。
死んだ雀が大群の蟻に喰はれるやうに
おれも喰はれるといふ陳腐な幻想は、
しかしながら、おれに安寧を齎す。
何故にそんなに焦っているのか。
おれが此の世に存在することに焦ってしまってゐると言ふのか。
それは、しかし、逃げ口上に過ぎぬのだ。
どんなに焦燥感に駆られたからと言って、
ちえっ、おれが巨大な黒蟻の大群に喰はれると言ふ幻視に埋もれることで、
おれが生き生きすると言ふ不条理に、
詰まるところ、おれは酔っ払ってゐるに過ぎぬのか。
それでいいのか。
と、自問するおれは、やはり、おれの存在を消すことばかりに執着するのだ。