おれの心は何処へ行ってしまったのだらうか。
何時の間にか行方知らずになってゐたおれの心は、
ふらりふらりと此の世を彷徨ってゐるといふのか。


心が抜けたこのおれは、
何の感情も湧くことなく、
無表情に此の世をぼんやりと眺めてゐる。
哀しい哉、心此処に無しと言ふ事態は緊急事態なのだ。
ところが、おれはといふと行方知れずの心に何の執着もなく
この抜け殻状態の肉体を満喫してゐるのだ。
感情が無いといふこの状態は案外と平安で、
おれはいつもよりも落ち着いている。


案外、心は不必要なものなのかも知れず、
へっ、
――心あっての人間だらう。
との半畳が聞こえてくるが、
しかし、人工知能の有用性を鑑みれば、
心の無い人間と言ふのもまた、此の世にとってはとっても有用に違ひない。


それでは行方知らずのおれの心は、
何処へ行ってしまったのだらうかと
おれはやうやく重い腰を上げてウロウロと探し始めたのであるが、
そんな簡単に見付かる筈がないのは言ふ迄もない。


傍から見れば、これは 全くの喜劇なのだらうが、
当の本人にとっては至って真剣で、
行方知らずの心が戻らぬ事態は、
余程おれが心に嫌はれてしまったのだらう。


一体おれは何をしたのだらうか。
唯、おれは自己弾劾をしただけなのに、
それに反旗を翻しておれの心は何処かへと姿を消してしまったのだ。


ゲリラ戦でもおれに対して挑むのだらう。
それに対しておれは無防備で、また、戦う気力が最早ないのだ。


この闘いは既に勝敗が決してゐるのであるが、
行方知らずのおれの心は、
おれが殲滅されるまでゲリラ戦を挑んでくるのだらう。


そんなおれは既に白旗を揚げたてはゐるのであるが、
そんな偽装に騙される筈もないおれの心は、
おれが徹底的に痛めつけられ嬲られて初めておれの元に返ってくるに違ひない。
それまではおれはこの心無しと言ふ平安をゆっくりと楽しもう。
積 緋露雪

物書き。

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積 緋露雪

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