手が悴(かじか)む中、
私は目的もなく、
或る冬の日の夜更けに徘徊するのです。
哀しい女が流した涙は、
凍てつく寒風を起こします。
落ち葉もすっかり落ち尽くした裸の木が、
それを欲してゐるからなのです。
幾時代が過ぎまして、
木のみが生き残りました。
哀しい女は、
幾人も死んでしまひましたが、
何時の時代も哀しい涙を流すのです。
それを受け止められる男は何時の時代も存在せずに、
哀しい女の涙は寒風吹き荒ぶ中に屹立する木々のみが受け止めるのです。
さうして木々は天へ向かって伸び続け、
死んだ女たちの思ひを受け止めようとするのです。
幾時代が過ぎまして、
木のみが生き残りました。
さうして男たちは無知蒙昧に女を哀しませるのです。
霜柱が立つ中をざくりざくりそれを踏みしめながら歩いてゐると、
木々が語りかけるのです。
――あなたは女の哀しみが受け止められますか。
私はこれまで、女の哀しみを出来得る限り受け止めましたが、
木々の包容力に比べれば、
私の包容力など取るに足らぬものでしかありません。
それ程に女の哀しみは深いのです。
それに比べて男の哀しみなんてお里が知れて浅薄なのです。
それでも男は毎日懊悩してゐます。
それを受け止めるのは女なのでせうか。
男は己の懊悩を己で受け止めようとするものなのです。
さすれば、男の懊悩は底無しなのです。
それがどうしても解らぬ女は、
それだけ哀しみが深いのです。
男の懊悩の逼迫した様を
女は、
――何て子供じみた!
と、半ばあきれ顔で、男を軽蔑するものなのですが、
それだけ男の懊悩は底無しで、女の哀しみは深くなってしまうのです。
男と女が解り合へる時は永劫に訪れることはないと思はれますが、
しかし、男と女はそれでも抱擁するものなのです。
その時の悦楽に男の懊悩も女の哀しみも敵はないのです。
しかし、さうすることで尚更男の懊悩は深くなり、
女の哀しみも深くなるのです。
幾時代が過ぎまして、
男と女が生滅して行きました。
さうして、男の懊悩は深く深くなり、
女の哀しみも深く深くなりました。
それを受け止めるのは残された木のみなのです。
哀しい女が流した涙は、
そして、懊悩する男が呻いた呻き声は、
凍てつく寒風を引き起こすのです。
さうして万人が凍える冬があるのです。