おれはしっかりとお前を見つめ、
最低の礼儀は尽くしたつもりだが、
それが癪に障ったお前はおれに対して牙を剥いたのだ。
それがお前のおれに対する切実なる思ひの表現であり、
おれの存在はお前を瞋恚に駆らせる導火線でしかなかったのだらう。
怒りを爆発させたお前は、おれに牙を剥き、
吾がTerritory(テリトリー)を穢された狼のやうに低く腹に響く唸り声を上げて
何時おれに致命傷を与へるかその間合ひを測ってゐる。
おれがいくら鈍感とはいへ、お前のその瞋恚に圧倒され、
おれはお前に惨殺されるその光景が脳裡に過ぎり
おれはじりじりと後退りするばかりであった。
それは端から勝敗が決してゐた対峙であった。
最早怒りに吾を見失ったお前にとって、おれの恭順など目に入る筈もなく、
お前は只管におれの存在を呪ったのである。
哀しい哉、おれはお前のその瞋恚を軽くみてゐたのかもしれぬ。
その迫力たるや凄まじく、蒼穹を食ひ千切るほどに、
つまり、水爆が爆発したかのやうな衝撃をおれに与へたお前は
おれの口に手を突っ込んで
胃袋を掴み出すかのやうな勢いでおれに襲ひかかる間合いを測ってゐた。
しかし、他者との対峙は大概そんなもので、
おれと他者とはどうしても解り合へない底無しの溝があり、
それを跨ぎ果さうとする馬鹿な試みは初めからすることはないのだ。
Territoryの侵害は、おれとお前の双方にとって不快であり、
誤謬の原因にしかならない。
しかし、その誤謬は誤謬として正確に認識すれば、
他者に対する理解が進むかと言ふとそんなことはなく、
未来永劫他者と解り合へることはない。
だからこそ、おれは他者を追ひ求めるのだ。
おれは理解不全なものにこそおれの秘匿が隠されてゐると看做す。
これは論理矛盾を起こしてゐるが、この論理矛盾にこそ信ずるものがあるのだ。
おれは他者に対して畏怖することを微塵も表情に出さずに
ぎらりと彫りの深い眼窩の座る目玉で他者を一瞥だけして、目を伏せる。
これがおれの他者に対する対峙の作法で、
これが瞋恚に駆られる他者に向かひ合ふぎりぎりの態度なのだ。