一瞥しただけであなたに私が棄てられるのは解りました。
あなたは遠回しに事の確信を何とか語らうとしてゐる苦労は認めますが、
そんな努力は虚しく響き、棄てられるのは私なのです。
歯牙にもかけぬ魅力がない私と言ふ存在に腹を立てたところで
最早手遅れで、これまでの私の歩みがその時に全否定されるその瞬間を唯、待つ心情は、
あなたには解るまい。
と言ひつつも、私を棄てるあなたは心に疚しさを感じてゐるやうで、
口から出る言葉は何ともまどろっこしいのです。
そもそも私にあなたにとって大切なものが欠落してゐて、
それをずばりと仰ればいいのです。
それで事は直ぐに済み、
後腐れもなく私は身を引きます。
しかし、遠回しに私を全否定して行くその言葉の端端には悪意すら感じられ、
あなたが口を濁すほどに私の屈辱は底知れず深くなり、
私の立つ瀬がないのです。
それはまるで外堀を埋められ、そして内堀を埋められしてゆく大坂城のやうな次第で、
いよいよ逃げ場がなくなる私は、最早ぐうの音も出ないのです。
あなたは内心では私を憐れんでゐるやうですが、
憐れんでゐるのは私の方で、
あなたは、実に可哀相な人だと物言はずに伐採される大木の如くに見えるのです。
最後は、さやうならとの一言で今生の別れを告げ、
お互ひに最早会ふことはなく、
過去にお互ひ埋没し、記憶の中でのみの存在に成り下がり、
そして、私は面を上げて次の出会ひを求めて街を彷徨ふのです。
積 緋露雪

物書き。

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積 緋露雪

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