眼前に立ち塞がる巨大な巨大な壁を前にして
おれはそれが無駄な足掻きに過ぎぬと知りながら、
どうあっても素手で叩いてぶち破る妄想のみ抱き
狂気の人と化して蜿蜒と叩き続ける。
壁といふものは誰にも存在するものだらうが、
おれはそれを上手に乗り越えてしまふ世渡り上手になるのは断固拒否し、
おれは何十年もその巨大な巨大な壁を素手で叩き続ける。
根っから生きるのが下手くそなおれは、
下手は下手なりに藻掻き苦しみ、
その巨大な巨大な壁を目の前にして
乗り越える術が全く解らぬまま、
どうして皆は壁が乗り越えられるのか不思議に思ひながら、
膂力が足りぬのか、
眼前の巨大な巨大な壁に攀ぢ登るその端緒が見つからず、
唯唯叩き続けるしかなかったのだ。
それは正しく狂気の沙汰でしかないのであるが、
どうあっても乗り越えられぬ壁が厳然と存在する以上、
おれはその巨大な巨大な壁を素手で叩き続けるしかないのだ。
既に血塗れになった両の手は、
紫色に変色してゐて、
パンパンに腫れ上がってゐるが、
その強烈な痛みをぐっと呑み込み、
おれは狂ったやうに巨大な巨大な壁を叩き続けるしか術がない。
さうすることで何か得ることがあれば、
もっけの幸いと腹を括って、
今日も相も変はらず巨大な巨大な壁を叩き続ける。
さうするしか物事を知らぬ愚鈍なおれは、
何十年も叩き続けても窪みすら出来ぬその巨大な巨大な壁を前にして、
途方に暮れはするのであるが、
然し乍ら、時が来れば乗り越えられるといふ淡い期待は疾に消えた今、
もしかするとおれの人生は
この巨大な巨大な壁を叩き続けることなのではないかと思ひながら、
今日も狂人と化して巨大な巨大な壁を叩き続ける。
積 緋露雪

物書き。

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