嫌に人慣れしたゴキブリでも
その複眼で以て此方の目と合ったと思った瞬間、
たじろぐもので、
そそくさとゴキブリは目が合った刹那にもう何処かへと身を隠すやうに
大雨を降らし稲妻が轟く巨大な積乱雲に
睨まれたと思った刹那、
雨脚は更に激しくなり、
稲妻は肚の底から響く轟音を放って
近くに落ちた稲妻の閃光に辺りが一際明るくなる時、
私は不覚にもたじろぐのだ。


たじろいだ私は
それではどうするのかといふと
只管ひたすら瘦せ我慢をする。
瘦せ我慢をしながら内心では恐怖で震へる仔犬のやうに
ぶるぶると震へ
巨大な積乱雲に対して何も出来ぬ己の非力さを嘲笑しながら、
私はそんな私をいたぶるのだ。
己に対してだけ自虐的でSadisticサディスティックな私の本質は、
私に対してさへ非力な私をいたぶる弱いもの虐めに精を出しては
早く巨大な積乱雲が頭上から通り過ぎないかとぢっと待つのである。


何と痛痛しい事か。
手も足も出ず、
巨大な積乱雲にこてんぱんにやられながら、
心は私の自虐で傷付き血だらけになっては、
頭上を恨めしく思ひながらも
竜巻が何時起きるかとびくびくし、
既に心は竜巻の表象に巻き込まれてをり、
心はずたぼろになり恐怖で捩ぢ切れさうになりながら、
それでも何とか正気を保たうと
ほんの少し残ってゐる己の矜恃に縋り付く。


然し乍ら、一つの巨大な積乱雲が過ぎ去っても
巨大な積乱雲が次次とやってきて、
これでもかと恐怖を撒き散らす。
既に心は堪へきれずに胃が痛み出し、
心身共に巨大な積乱雲にいたぶられ
そんな己に対して私は更に嘲笑っては
何と非力な己であるのかと、
嘆いては、
ゴキブリの太太ふてぶてしさを羨むのであった。
積 緋露雪

物書き。

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積 緋露雪

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