ギリシャのデルポイの神託に類似するものとして
私の中では、
映画「2001年宇宙の旅」の暗黒の摩訶不思議な物体モノリスのやうなものが
私の頭蓋内の闇、つまり、五蘊場の中にそれは確かに存在してゐて、
私のデルポイの神殿はその気配しか解らぬモノリスのやうな暗黒物体で、
それがううんと唸りを上げて、
――汝自身を知れ。
と、絶えず私を急かす。


それ故に私はソクラテスの如く
内部の異形の吾を始め、
見知らぬ心像に対しても詰問するのだ。


――あなたはあなたを知ってゐるならば、その認識の根拠は何なのだ。
かう私の五蘊場の暗黒物体に疑問を投げ掛けると、
唸り音はううんから
――汝自身を知れ。
とトム・ウェイツのがなり声のやうな声音に変はる。
五蘊場の暗黒物体は、然し乍ら、それしか信託しないのだ。
吾がデルポイの信託はこの五蘊場の暗黒物体の一言でしかない。
何とソクラテスにそっくりではないか。
私は誰彼構はずに五蘊場に出現するものに詰問し、
さうしてとんでもなく辟易される。
ところが吾が五蘊場は異形の吾どもが私を面白がって翻弄する場なのであり、
私はといふと、異形の吾どもの玩具として弄ばれるがままなのである。
その間隙を縫って私は異形の吾どもに
――汝、吾なるものを認識してゐるならば、さう至った過程を話し給へ。
誰彼構はず、さう詰問する私は仕舞ひにはソクラテス同様に
異形の吾どもに吊るし上げを食らひ、
吾が五蘊場に幽閉される。
しかし、私にはプラトンのやうな弟子はをらず、
脱獄を諭すやうな人物は誰一人ゐやしない。


到頭、毒を盛られた杯が私の元に持ってこられた。
ソクラテスは躊躇なく毒を呷ったが、
私はといふと、ぶるぶると震へる手で杯を持って、
どろりとした液体の毒の面にぼんやりと映る吾が顔を凝視しながら、
吾が五蘊場には正まさしく走馬灯の如くに吾が人生が思ひ浮かび、
五蘊場を駆け巡る。
――吾が人生に悔ひなしか。
さうぼそりと胸奥で呟くと私は毒を一気に呷った。
而して、吾が念は私の死後も誰かにRelayリレーされるのか。
その一念のみで私の成仏できぬ魂魄は此の世を彷徨ふ。
積 緋露雪

物書き。

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