膨脹する妄想で最早現実を見失ひながらも、
狂気の騎士と化して此の世に存在せぬドゥルシネーア姫を守るべく、
孤軍奮闘するドン・キホーテに続け。


それのみがこの拡張現実と仮想現実と現実が混在する
摩訶不思議な現実の中で、
唯一、吾といふ化け物を前にして
実際には竹槍しか手にできぬ非力な吾であるが、
化け物の吾に闘ひを挑むには、
ドン・キホーテの狂気を持ってしか対抗できぬのだ。


三様の現実に対して無理矢理にでも吾は
感覚、特に視覚と聴覚をでき得る限り膨脹させられ、
然し乍ら、それについて行くことに無理に無理を重ねた結果、
誰もが疲弊し、疲労困憊の中、
尚もその疲れ切った吾に鞭打ち、
感覚が膨脹した吾といふ存在の在り方の快感を貪るやうにして
Mobile deviceの画面に釘付けなのだ。
その姿は最早一昔の人間とは違ってゐて
いふなれば、”拡張人間”といふべき化け物に違ひない。


その拡張人間は休む間もなく、
人工知能とその能力のぎりぎりのところで鬩ぎ合ひながら、
自らの生き残る道を探り探り現実に適応しやうと
更に感覚を拡張させる。


しかし、その拡張人間は風船に等しく、
針の一突きで


――パン。


と破裂するからくりなのだ。
だから、今、ドン・キホーテに続けとばかりに竹槍で
化け物と化した膨脹人間の目を覚ますために、
一突きするに限るのだ。


何故なら現実は絶えず吾を丸呑みする機会を窺ってゐるのだから。
積 緋露雪

物書き。

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