深く深く深呼吸をしてから
自身にめり込むやうに頭蓋内の五蘊場に潜り込むと、
一方で巷間の喧噪と紊乱で
右往左往してゐる輩もゐないわけではないが、
此処ぞとばかり、吾の捕獲を手ぐすね引いて待ってゐる
睥睨すべからぬ異形の吾どもも確かにその気配を消してはゐるが
存在してゐて、
何時の間にかそやつらが五蘊場に無数に掘った陥穽で
五蘊場は埋め尽くされてゐたのであった。
その陥穽に落ちたら最後、
まるで蟻地獄に落ちたかのやうに
最早逃れる術はなく
生き血を吸はれるのみなのである。
さうして吾を喰らふのをぢっと待ち伏せてゐる異形の吾どもは
吾が落ちるのを今か今かと待ちながらほくそ笑んでゐる。
然し乍ら、そんなことは百も承知の吾は
五蘊場に潜り込んでも一歩も動かずに
眼前で蠢く表象を綿飴を喰らふ如く喰らふのだ。
さうすることで吾はぶくぶくと太り
五蘊場で風船のやうにふわふわと浮かんで、
五蘊場にびっしりと仕掛けられた陥穽群を遣り過ごし、
五蘊場の宙空を漂ひながら
表象にのめり込み、
錐揉み状態で表象に溶け込む。
その時の仮想現実の中での快楽と言ったなら
得も言へぬ至福にも似た愉悦に惑溺する。
その夢現の中で吾は吾を忘れることが出来るのだ。
そんな自己逃避を吾は吾の生存に不可欠なものとして
吾を吾から遁走させる。


この自己欺瞞の中で溺れる吾に
然し乍ら、うんざりしてもゐる吾は、
当然、現実の吾を一時も忘れることなく、
頭の片隅においてはゐるが、
現実から遁走する吾に苦痛を与へるために
吾は自ら進んで吾に針を刺し、
風船の如くぶくぶくと太り
五蘊場の宙空を浮かんでゐた吾を萎ませ、
わざわざ吾を五蘊場で落下させ、
敢へて陥穽に落ちる。
さうして吾は、異形の吾に喰はれながら、
それこそ自己破滅といふこれ以上ない悦楽の中に没する。
そこで吾ははっと気が付き、
吾はどうあっても現実から逃避することは不可能なことを
やうやっと認識出来る馬鹿者なのだ。
それが吾の思考における日常である。
何と憐れな日常であらうか。
積 緋露雪

物書き。

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