こんな世だから尚一層あなたが愛おしい。
お互ひに会へない時間が長く続くが、
それだから尚のこと、あなたへの愛は
深まりこそすれ、薄らぐことはない。
鮎川信夫の「繋船ホテルの朝の歌」のやうな詩は書けぬが、
それでもあなたと迎へる朝の情景を想像してみる。
きっとあなたと迎へた朝の情景は時空間からして夜の性愛の残り香を漂はせ、
どこかしら気怠くもありながら、
もの皆、ねっとりと佇む筈である。
其処にあなたの寝顔があり、
瞼を擦りながら目覚めたあなたに
私は接吻をする。
さうして二人で見る朝の情景は
眩くもありながら、
もの皆頬を赤らめて、
祝福の声を上げるに違ひない。
とはいへ、其処には二人に対する嫉妬も交じってをり、
世界は邪な心で二人を包み込む。
そんな中で、私たち二人は世界に当てつけるやうに夜の続きを始める。
嫉妬に狂ひ出す世界は頬を赤らめながらも、
愛し合ふ二人を見つめるだけで、
手出しはできぬのだ。
其処には二人だけの世界が拓け、
いつ果てるとも知れぬ愛の形のみが猥雑に投企される。
異物を孕んだ阿古屋貝のやうに
世界は私たち二人を内分泌液で包み始め、
世界に馴染ませやうとするが、
それは真珠よろしく、柔らかくたおやかな光を放つ美へと変化する。
世界の邪な心は、
ゲーテの『ファウスト』の悪魔、メフェストフェレスの一言、
「常に悪をなさんと欲し、善をなすところの力の一部」の如く、
世界の邪な心はいつもへまを犯し、
此の世に至上の美を齎すのだ。
だから世界は美しく、世界は邪な心を持った存在なのだ。