宵の明星が皓皓と輝き

日没後の深き橙色の西の空を見詰めながら、

西方浄土といふ言葉が頭を駆け巡れば、

何処か感傷的な感情が込み上げてくるかと思ひきや

そんな感傷に浸る余裕は微塵もない私は

私の内部に巣くふ異形の吾の頭を噛み切る術を探しては、

私の内部、其処を私は五蘊場と名付けてゐるが、

その五蘊場を我が物顔で闊歩してゐる異形の吾が

のさばればのさばるほど

私の懊悩は深まるばかりで、

この私と吾との跨ぎ果せぬ乖離は

私の絶望の距離なのだ。

常人であれば私と異形の吾とはぎりぎりの折り合ひをつけて

このどうしようもない絶望を

飴玉を噛み砕くやうにして呑み込んでゐる筈だが、

私の異形の吾は軟体動物にして干し肉よりも硬くて

私の顎の力ではどうしても噛み切れぬのである。

つまり、私の五蘊場にのさばる異形の吾は変幻自在にして

想像を超えて伸縮に富んでゐるので

蛸を噛み切るやうには一朝一夕に行かぬ憾みをも

私は抱へ込むことになるのであるが、

異形の吾に対して手も足も出ぬ私を

異形の吾は嫌らしい顔で嗤ってゐる。

さうすると不老不死ではない私は何れ死を迎へることに相成るが、

異形の吾は私の死後も私の死を哄笑して生き延びるのだらう。

私の死後、異形の吾は誰かの五蘊場に住み処を移し

新たな宿主となったものを嘲弄し続け、

最悪の場合、新たな宿主を自殺に追ひ来むに違ひないのだ。

だからこそ、私は何としても異形の吾を鏖殺しなければならぬ使命があるのであるが、

非力な私に今のところ、為す術はなし。

詰まる所、消ゆるのは吾のみや。

さうして自同律の病に罹る未来人を私が異形の吾を鏖殺できぬ故に

新たに生んでしまふ汚名を被る恥辱を未来人よ、

積 緋露雪

物書き。

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積 緋露雪

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