嗚呼、何たることか

生前の化粧をした貴女より

死に化粧の貴女の方が異様に美しいとは。

破壊が進む細胞に化粧が染み込んでいって、

骸に化粧が溶け込んだからでせうが、

こんなに美しい貴女をこれまで見たことがないので、

私は貴女の死に顔を見たとき息を呑んだのです。

美しさは多分、死に近しいものなのでせう。

さうでなければ、貴女がこんなに美しい筈がありません。

美が此の世と彼の世を繋いでゐるのでせうか。

桜が一番美しいのはその散り際にあると思ふと

何となく合点はいきますが、

それでも儚さに美が結び付いてゐるならば

そこに時間の秘密は隠されてゐますでせうか。

時が移らうからこそそこに美があると気付いた画家たちは

浮世絵に魅了されて欧州を蔽ってゐたジャポニスムと相俟って

印象派が生まれましたが、

その本質は光を捉へることにありました。

つまり、移らう情景を写真のやうに一瞬を切り取るのでなく、

飽くまで、印象の風景が絵には存在してゐるのです。

それが色褪せないのは未だに印象派、そこにゴッホを含めてもいいのですが、

大変な支持をされ、美術館は印象派展を開催すれば大盛況です。

それと同じで貴女の美しさはもうすぐ火葬されるから

私の印象に強烈な影を残して映ったのでしせう。

でなければ、貴女の死に化粧を施した顔の異様な美しさに

これほど私が惑はされる筈はありません。

そこには時間の秘密が現れてゐたのです。

それは誰もが知ってゐることで、

時間は止まらないといふことです。

では、何故に時間は止まらないのでせうか。

それは宇宙が未完成だからだと思ふのです。

それ故に此の世のものは森羅万象が未完成で、

美も未完成なのは、移ろい行く中途半端な美にしか辿り着けないからでせう。

死んだものの死に化粧が異様に美しかったのは、

骸は抛っておけば腐敗するのみのその一時に現れた

消えゆく灯火が一瞬明るく灯るのと同じやうな

異様に輝く儚さに満ちた美しさだったからだと思ひます。

 

嗚呼、死に化粧の貴女が

あんなに異様に美しかったのは

時間が見せた儚き美だったからなのでせう。

積 緋露雪

物書き。

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積 緋露雪
Tags: 死に化粧

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