前歴史における世界開闢物語
序論
前歴史における神話以前、世界は永劫のもの、即ち不死なるものの楽園でありけり。其処に智慧ある預言者が忽然と出現し、
――この楽園は既に終はりに近き。やがて智慧者が永劫より分離し、世の開闢を高らかに告げるなり。さうして永劫界は反物質の如く世界から姿を消し、死すべきものたちの世界が始まりぬ。それは、しかし、苦悶の始まりでもありき。
かう預言者は不死なるものたちに告げて姿を消すなり。
すると永劫界は俄に騒然となりぬ。不死なるものたちは、其処で初めて消滅することの恐怖に戦けし。しかし、時は既に始まりけり。全てが後の祭りでありけり。
ヰリアム・ブレイクに触発されて
第一の時代
永劫界は疑心暗鬼の坩堝の如し
恐怖、慄然、畏れ!
しかし、それが全ての前兆なり
不信が智慧者の萌芽となりし。
つまり、永劫界自らが死すべきものの眷属の智慧者を招き寄せ
不死なるものの楽園の潰滅を呼び込んでしまはりぬ
不覚でありし
永劫が潰滅を招き寄せるとは
恐怖、恐怖、恐怖!
恐慌に陥りし永劫界は
徒党を組んで永劫界を隈無く監視せし。
悪が蔓延らぬやうにと。
しかし、それが全ての始まりでありき。
永劫界の地下深くで
どくりどくりと
搏動するものあり。
かうして第一の時代は終はりぬ。
そして、疑心暗鬼の暗鬱な状態。
第二の時代
右往左往する永劫界の混乱は
収まるどころか日毎に各地で擾乱を起こすこと相なり
憤懣遣る方なしのことなり故に
不安に駆られた永劫界のものたちは
その不安を他のせゐにするなり
これが滅びへの主たる動因となりし
永劫界のものたちは自ら滅びの筺を開けてしまひ、
それを全て他のせいに帰することで、
溜飲を下げしが、
破滅の跫音は直ぐそこまで迫りけり
やがて呻き声の如き地鳴りが聞こへ始めけり。
地下で搏動せしものは
地を裂く力を蓄へてをり
それを永劫界のものたちは誰一人気付かずに
地の上でのみ思考は完結してをり
地の底に何ものかが搏動を始めたなどとは
努にも思はず、
永劫界のものたちは天ばかりを凝視するけり
不気味な地鳴りも天の仕業に違ひないと
高を括ってゐたことが
湮滅の呼び水になりしを
永劫界のものたち誰一人として気付かず。
或る日、それは忽然と起こりぬ。
永劫界を巨大地震が襲ひ、
永劫界の底が抜けたのか、
地は戛戛とぶつかり音を立てながら、
地の底へと崩落せしなり
永劫界は深淵の上に漂ひぬ。
そして、永劫界には一つ目の巨人が姿を現すなり。
かうして第二の時代が終はりぬ。
そして、未だに暗鬱な状態。
第三の時代
永劫界に現れせし一つ目の巨人は
腕力こそ破壊的なまでに強力の持ち主でありしが
智は生まれたての赤子のそれで、
轟轟と泣くばかりでありし
巨人が泣けば、
永劫界の底が抜けし深淵は蠢き逆巻くのでありける
ところが、永劫界のものたちは宙を浮くのもお茶の子さいさいで
仮令、永劫界の底が抜け大地を失はうが
永劫界のものたちにとりて
それが直接間接に永劫界のものたちの生存を脅かすものではなし
唯、永劫界のものたちにとりて
驚天動地のことは
何をおいても一つ目の巨人が
何のために永劫界に現れしか、といふことと
何故地は底が抜け深淵が
一つ目の巨人の泣き声に呼応するやうに逆巻くのか、といふことの
いづれもがこれまでの日常と何の脈絡もなく
出現したのかといふ二点に尽きし
しかし、それもすぐに明らかになりし
一つ目の巨人は永劫界の破壊者で、
自らの存在と引き換へに
永劫界諸共消滅させるべく
蝉の幼生の如く長くに亙て
永劫界の地深くに搏動せしが
地を破り、その拍子に永劫界の底が抜けしは
深淵が永劫界を丸ごと呑み込むその予兆なりし
永劫界が滅びるとは矛盾してゐるが
永劫界に時は既に始まりけり
一つ目の巨人の出現と地の底が抜けしは永劫界にも時が流れし証拠なり
やがて永劫界のものたちはみるみる老け始めるなり
かうして第三の時代が終はりぬ
而して未だに暗鬱な状態。
第四の時代
慌てふためく永劫界のものたちの中にありて
智の賢者と誉れ高く畏れを抱かれし行仙といふものありけり
行仙は、然し乍ら、既に永劫界が滅亡へと踏み入れしことを悟れり
――これは最早時間が流れ出した故に止めやうがなく、吾らは皆老ひぼれ朽ち果てる運命にあり。
一つ目の巨人の轟轟と吐く息には次第に毒が混じりれり。
行仙はそれから永劫界のものたちを安寧させるべく、巨大な天幕を張りしが、
永劫界のものたちは行仙に受け身の体勢しか取れぬのかと詰め寄りし。
行仙は虚空を見上げては答へに窮するばかりなり。
而して、永劫界のものたちはどんなに落ちぶれやうが其処は永劫界のものたち、
一つ目の巨人が吐く毒にはなんともないのであるが、
然し乍ら、一つ目の巨人が轟轟と唸るときに
足下の深淵が逆巻くのが不気味で肝を冷やし、
仮に永劫界に重力といふものが発生すれば永劫界のものたちは
大渦に呑み込まれ崩壊の危機に瀕してをり。
一つ目の巨人も次第に智慧を身に付けながら、
永劫界といふものが君臨する世が生滅なき世故に
其処は非情な退屈に蔽はれし怠惰の延長の緊張感のない終はりなき日常が続くだけの
箸にも棒にも引っ掛からぬ如何様(いかさま)の日常といふ名ばかりの日常があるのみ。
哀しい哉、それを一番よく知ってゐるのは行仙で、
時間が流れぬといふことは時間を超越したもののみの天下であり、
それは詰まる所、場に執着することなく自在に振る舞ふことで、
永劫界のものといふ優越を未来永劫に亙って保持する筈なのであるが、
存在の悪癖なのか、一部を除いて場に執着し始め、
永劫界のものたちは気に入った場に留まる愚行を始めるなり。
それを一つ目の巨人は三日と立たぬうちに理解し
永劫界の底が抜けた意味を確かに認識したのでありし。
時間の経過とともに物凄い速さで老けゆく永劫界のものたち。
一つ目の巨人は大欠伸をして、
――ふうっ。
と息を強めに吐いて、天幕を吹っ飛ばしてみたのであり。
其処には行仙が虚空を見上げながら立ち姿のまま朽ちた骸と
数多の永劫界のものたちの醜く朽ちた骸の山が堆く積み上がりし。
一つ目の巨人は力の限り轟と叫びてそれら永劫界のものたちの骸を
深淵の大渦に呑み込ませし。
かうして重力が生まれ、第四の時代は終はりぬ
未だ暗鬱な状態。
第五の時代
一つ目の巨人はあらかたの使命を終へ
最後は永劫界諸共自らを足下の大渦に沈める事なり
一つ目の巨人は、
――うおっ。
と一叫びしつる
すると永劫界はシュルシュルと風船が萎むやうに
縮こまり、永劫界全体が一つ目の巨人諸共大渦に呑み込まれし。
これにて永劫界は此の世から消滅せし。
未来永劫、永劫界の復活はなし。
やがて、永劫界を丸ごと呑みし大渦は
劇薬を呑み込んだやうに不規則な伸縮膨脹を繰り返しながら、
苦悶の呻き声を発し、逆巻く渦は怒濤の渦を巻き始め、
大渦は更に更に伸長し巨大化するなり。
やがて、大渦は無限にまで巨大化するなり。
間延びした大渦には怒濤に逆巻く渦動力は最早なし。
緩やかな流れとなった大渦の名残には
無数の小さなカルマン渦が生じたり。
そして、永劫界が縮んで縮んで特異点へと変貌せし。
その時、永劫界は強烈至極な光を発せり。
漆黒の闇の大渦は、霧が晴れるやうに闇から光が充溢した世界へと変貌せり。
かうして光が生まれたなり。
光は永劫界の断末魔なり。
無限にまで間延びした大渦はやがて、ゆっくりと回転する時空へと変化するなり。
無限を手中にした大渦の名残は
更に更に膨脹を続け、
巨大化を已めず。
その巨大化は光速よりも速く膨脹し、
時空と光の充溢する時空には差異があり、
光の届かぬ時空では、然し乍ら、相も変わらずカルマン渦が次次と発生したり。
やがてカルマン渦群は、重力のために動き出し、
衝突を繰り返しては合従連衡を繰り返し、
中には巨大な巨大なカルマン渦へと成長するものも現れたり。
すると巨大な巨大なカルマン渦はきゅっと収縮し、
光が充溢する中、暗黒の時空を作りし。
そして、その周りでは、スターバーストが発生し、
数限りない星星が誕生したり。
つまり、暗黒の時空はブラックホールの卵なり。
かうして第五の時代が終はりぬ。
やうやく光射す中、暗鬱の状態から抜け出す兆候あり。
第六の時代
初め、巨大化に巨大化を重ねし大渦は
ぱっと射した光が一瞬刹那に充溢し、
強烈な光を発し
其処は光の大洪水が起きたかのやうに
ブラックホールでは光の瀑布を作り、
然し乍ら、ブラックホールは暗黒ではなく、
シュワルツシルト半径、つまり、事象の地平線のみペラペラの黒色をしてゐるが
その外は溢れ出る光の大洪水の激流に呑み込まりける。
彼方此方で逆巻く光の激流は
留まるところを知らずスターバーストによりて生れし星星にぶち当たりては、
星星を熱し、
全ての星星は火の玉となりにけり。
さうして大渦は瞬く間に灼熱地獄と化し、
光の激流によりて流されし火の玉と化した星星は
次次に衝突をしては合従連衡を繰り返し、
或る処では巨大な恒星を形作り、
また、或る処では衝突によりて四散したものが
塵芥のやうにガス状にまで分解し、
火炎旋風を巻き起こすなり。
而して大渦の膨脹は更に加速し、
指数関数的膨脹を始めるなり。
すると或る臨界に達したところで、
大渦は一気に冷却す。
光の大洪水は影形なく消え失せ
光るは星星のみなり。
物理的には物質は
反物質が僅かばかり消滅するのが早かったから
物質ばかりが存在することになりしと言はれるが
つまり、CPT対称性の破れによりて
物質ばかりの宇宙が存在することになりしと言はれるが、
永劫界のものたちの骸を種にして素粒子が生れしなり。
やがて巨大化に巨大化を更に重ねた大渦は宇宙と呼ばしものへと相転移するなり。
完