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瘦せ我慢

米だけはあるのだが、

それ以外に食料はなく、

日日、白米に色色な調味料をかけては

急場を凌ぐ生活が何ヶ月も続いてゐる。

それでも腹は満たされるので、

これまで買い溜めた厖大な本の中から

Cambridge大学の博士課程の教科書となってゐる

『THE THEORY OF QUANTUM FIELD(場の量子論)』の

分厚い英語の本を取り出し、

辞書を片手に読み継いでゐる。

この実生活と行ってゐる行動の落差に

吾ながら苦笑するが

この読書の時間があることで

生活の窮状は忘れられる。

また、さうでもしないと

この窮状は救ひやうもないものへと堕すといふ恐怖に駆られ、

私は吾に噛み付いて吾を食ひ千切るに違ひない。

戦渦にある人にも悠悠自適に暮らす人にも私にも

それぞれ日常があり、

日常の嘲弄する顔をぶん殴ろうと日常の隙を狙ってゐる。

憤怒は誰もが持つもので、

それは此の不合理極まりない日常が世界の盾となり、

Personaとなって森羅万象の憤怒を受け止めてゐる。

 

私が高尚なものの勉学に励むのは瘦せ我慢なのかもしれぬが、

さうして私は此の世の成り立ちの秘密を暴いて

復讐しようとしてゐるのだ。

何に復讐したいのかといふと、

この生なのだ。

太宰治は嫌ひだが、

この世に生を享けた吾には

今のところ、屈辱しかないのであるが、

それを日常のPersonaを

思いっきりぶん殴って

憂さを晴らしたいだけなのだ。

だから何が変わるとも思ってゐないが、

ぶん殴らずには生きた価値はないと思ってゐる。

 

さうして今日も私は日常に嬲られながら

瘦せ我慢をして生きてゐる。

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