雪が降る静寂の中は
いつもに増して静寂に包まれた
一面の銀世界の中、
独り部屋に端座し雪の降る音に耳を澄ます。
とはいへ、何の音も聞こえてこないのであるが、
無音といふことは
頭蓋内の視覚野が刺激されて
様様な表象が浮かんでは消え
無音との戯れは殊の外楽しいのである。
いつしか私は頭蓋内でむしりむしりと雪を丸く固めては、
それを最初は地球に見立てて蹴飛ばすのである。
ばしっといふ音と共に砕ける雪。
その音は響くことなく雪に吸収され
はらはらと雪の片片が
雪上に落ちるも
これまた雪にめり込むのみ。
再びむしりむしりと雪を丸く固めて。
今度はそれを宇宙の見立てて
思いっきり蹴飛ばした。
パーンと砕けた宇宙は
一塊だけが遠方に飛んで行き、
その他は四方八方に
片片となり飛び散った。
この無音との戯れは
雪が齎す快楽に違ひない。
無音故に視覚野が遊び出すのは
自然の流れに思へ、
無音故に心象は鮮烈窮まる。
夢魔に襲はれし吾にも似て
雪降る中の静寂は
いつでも吾が主人公の心象、或るひは表象に吾をぶち込む快楽。
さうして吾は頭蓋内の夢中遊行に耽り出し、
最早宇宙を丸めては蹴飛ばすことを已めることはできぬのであった。
不図後ろを振り返ると
頭蓋内の銀世界には
独り私の足跡のみが残されてゐた。
それを見て吾は何か嬉しさに心が囚はれ、
雪降る虚空を見上げたのであった。