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何も言はぬが

もの皆何も言はぬが
各各鬱屈した思ひを抱きつつ
蹲まってゐるのかもしれぬ。
将又、己が存在に身震ひし
今のところそれぞれの形に
閉ぢ込められてゐるのをよいことに
ものの奥の奥へと本性を隠し
それとは裏腹の面を見せて
存在同士欺き合ってゐるのかもしれぬ。
とにかく何も言はぬことが
吾にとっては不可思議でしかない。
実際、もの皆ぶつくさとものを言ふようものなら
五月蠅くて仕方ないが、
然し乍ら、今は既に吾が右耳は
いつもきいんと耳鳴りがしてゐて
それが電波の干渉音のやうに
けたたましく
右耳は殆ど聞こえぬ状態だが、
それに比べれば、
もの皆、つまり、森羅万象が語り出せば、
それは風音にも似た
巨大な現代音楽の合唱にも通ずるかもしれぬ。
それは摩訶不思議でありながら、
吾が情動を搔き立て
巨大な合唱の渦巻きから
最早逃れぬ蟻地獄的な魔力を発する
その魅力の虜になる。
ギリシャ全盛時代に催されてゐた
ギリシャ悲劇の舞台における合唱は
多分、そんな魔力的な力で観衆を魅了してゐたのだらう。
左耳をすませれば、
何にも聞こえぬが、
その無音は
もしかすると、無限大のものの声が重なって
声が声を打ち消し合ひながらの無音なのかもしれぬ。
つまり、無音は無限の音の重なり合ひで
音が音を消し合っての消音効果でしかないのかもしれぬ。

――吾ここにあり。故に吾消え入る。

森羅万象が重力波で振動してゐるなら、
それは音を発してゐる筈で、
吾はそれが聞こえただけなのかもしれぬが、
風音の魔力的な魅力は
天籟の音を聞いたときのときめきと同様で、
これぞ、世界、と納得する。

忽然と魔王が現れ
吾に悪魔の囁きをする。
――お前はもう死んでゐる。それ故の生の残滓を生きてゐるだけなのだ。お前の魂はもう俺様が喰らったぜ。はっはっはっ。
――さうかもしれぬが、それでも吾は生を生ききることを吾に課す。
――何を言ふ! お前の未来は最早俺様が握ってゐるんだぜ。
――へっ。それがどうしたと言ふ。吾は吾の未来を見通せぬ故に生きるに値するのだ。
――それは雑魚の言ふ決まり文句だぜ。お前も雑魚と同じか?
――雑魚にも雑魚の存在の在り方があるんだぜ。智慧を働かして思わぬ大物に喰はれぬやうに天寿を全うする。しかし、煙草は止められないがね。ふっ。

それを皮切りに吾、森羅万象の声が聞こえるやうになりし。

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