太陽の巨大磁場からも逸脱するかのやうに太陽フレアの大爆発が立て続きに起きて、地球は磁気嵐に襲はれてゐるそんな初夏の夜は、嵐の前故か、矢鱈に閑かな夜だった。私は坂本龍一に関して何か書かうと数日来、坂本龍一の作品やYMOの作品ばかりを聴いてゐる。坂本龍一は細野晴臣に比べれば天才とは言ひ難いと思ふが、その異能は頌へられるべきものと思はれる。YMO時代も含めて坂本龍一の音楽は西洋音楽とは敢へて一線を引き、つまり、それは反時代的とも言へる音楽であったやうに思ふ。周縁の音楽であったものを最先端の音楽へと変貌させたYMOの音楽は、シンセサイザーばかりが注目されるが、その旋律は日本古来の旋律を始め、反西洋音楽を貫いてゐたものだった。つまり、坂本龍一はその始まりから逸脱した存在だったのである。それ故に、坂本龍一が生みだした音楽は時代性を剥ぎ取ったやうに時代とは婚姻関係にはなく、別離の関係にあった。其処に坂本龍一の音楽の特異性があり、時代を超えて存立出来うる音楽性が見え隠れしてゐるのだ。そして、何よりも坂本龍一が生みだした音楽は美しいのだ。極上に美しい。それ故にシンセサイザーの演奏にも生ピアノの演奏にも堪へうる稀有な音楽なのである。コテコテにシンセサイザーで装飾しても生ピアノ一つでの演奏でもその美しさは変はらないのだ。晩年は生ピアノでの演奏が多くなっていったやうに思ふが、しかし、晩年の作品でも実験することを已めず、「これぞ坂本龍一の音楽だ」といふ作品群ばかりを遺してくれた。

明日は嵐だといふ。さて、嵐の中で聴く坂本龍一はまた、乙なものに違ひない。

積 緋露雪

物書き。

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積 緋露雪
Tags: 嵐の前

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