己の居場所は絶えず見失ひがちで、

また、己の居場所を見失ふからこそ、

そのずれが原動力となり、

吾生きるに値するやもしれぬ。

そもそも己の居場所を知ってゐる人は

どれほどゐるのであらうか。

この見失ひがちな己の居場所の危ふさに

もしかしたならば、存在の奥秘が隠されてゐるやもしれぬ。

ならば、錯乱した人間こそ存在に忠実に生きてゐるやもしれぬ。

そんな下らぬことを考へながら、

自転車に乗ってゐると、

年のせいもあらうが、

最近めっきり衰へた平衡感覚を失った吾は

自転車ごと生け垣に突っ込み、

さうして吹っ飛んだ。

そのときの時間のゆっくりと流れる様は、

時間がFractalである証左の一つやもしれず、

そんなことが頭を過りながら、

吾、生け垣に突っ込むなり。

バキバキと生け垣の枝を何本か折り、

それが緩衝材となり、

吾何の怪我もせずに生け垣の中に立てをり。

それこそ自分の居場所を見失った成れの果てなのだが、

吾どこかしら爽快な思ひに駆られ

折れた枝枝から立ち上る濃い木の香りが尚更爽快感を誘ひ

吾、己の居場所を見失ったことに快楽を憶える。

さうしてバシバシと生け垣の枝を払ひ除けて

生け垣からゐ出ると

自転車を生け垣から引っ張り出し、

何もなかったかのやうに再び自転車を漕いでゐたのだが、

吾の心は最早先ほどの居場所を完全に見失った時の興奮が冷めやらず、

鼻歌を歌ひながら

颯爽と舗装道を行くのであった。

積 緋露雪

物書き。

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積 緋露雪

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