異形
何時喰はれるか解らぬままに、
冷や冷やしながら、
また、背中に嫌な汗を流しつつ、
おれはそれでも此の世に佇立しなければならぬ。
それは時空間を切り裂くやうにして
立たねばならぬ。
さうぢゃなきゃ、
おれは頭蓋内の異形のものたちに
たちどころに喰はれるのだ。
その恐怖たるや頭蓋内のChaosを知るものは誰もが経験してゐる筈で、
頭蓋内の闇の世界は現実とは位相を異にする世界であることは間違ひないとして、
だからといって、現実に先立つ頭蓋内の闇が特異なものとは決して思はぬが、
とは言へ、頭蓋内の闇は瞑目した瞼裡の闇と繋がり、
そこに異形のものの表象を再現前させながら、
「おれとは?」と何時も謎かけをしてくる異形のものたちは
へっ、全てこのおれが造ったものなのだ。
それが当たり前のことだと知りながらも、
異形のものたちは、それでもおれを喰らふべく頭蓋内の闇の中で、
或ひは瞑目した瞼裡の闇の中で待ち構へてゐる。
さう思はずには最早一歩も歩けなくなってしまったおれは、
強迫観念にでも犯されてゐるに違ひないが、
そんなことはおれの存在にとっても、
異形のものたちにとっても痛くも痒くもなく、
唯、此の世に佇立する緊張感に翻弄されながらも、
おれは立つのだ。
この二本脚で立つことでしか、
異形のものたちと対峙する術はもう残されてをらぬ。
おれにとって、おれの存在自体が弱肉強食の態を為してゐて、
おれが存在する事が既に喰ふか喰はれるかの瀬戸際でしかなく、
その有様は、世界の縮図でなくてはならぬのか。
さあ、喰ひたきゃ喰へばいい。
おれの意識と肉体を失ってすらおれは魂魄となり、或ひは念となってでもここに立つ。
それが定めといふものだらう。