撲殺 二
なにゆゑにそれは撲殺されねばならなかったのか、
何ものもその理由を知らず、
さうして、それもまた、撲殺されたのだった。
それは、既に人たる事を已めて、
物になりたく
只管に自虐の渦に敢へて吾を呑み込ませてみたのだが、
何とした事か、それは人たる事を已められず、
人である恥辱をぢっと噛み締めてゐたのだ。
「人である事は恥辱かね」
と、それには数多の愚問が投げかけられたが、
はっきりと言へる事は、
人は人である事で既に恥辱なのだ。
「馬鹿を言へ」
何ものも自己である事を已められぬといふギリシャ悲劇の主人公のやうに
既に定められた悲劇の運命を実直に生きねばならぬとしたならば、
誰がこの生を生きられようか
嗤はないで呉れないか
己は悲劇の主人公とはいっちゃゐないぜ。
運命を、苟も吾は知り得ぬのであれば、
さて、そもそも運命とは何ぞや。
それ以前に運命は存在するのかね。
「何を愚問を」
さう、愚問だ。
しかし、生あるものは森羅万象、
露と消ゆるのみなのだ。
この宇宙に存在する限り、
死は運命なのだ。
これに対して否定する事は不可能だらう。
「いや、何かこの宇宙を飛び立つものは
辛うじて次の宇宙にその絆を繋ぐものさ。」
「それは不合理だ」
「馬鹿言はないで呉れないか。
此の世はそもそも不合理なものだらう」
「否、此の世には法則がしっかりと存在するぜ」
などと、下らぬ問答が蜿蜒と続く中、
此の世に存在しちまったものは
此の世は不合理だと感じてゐるのが
仮に多数派ならば、
或るひは此の世は不合理なのかもしれぬのだが。
さうしてそれは撲殺されたのだ。
なにゆゑかは残されたもののみが考へられる事であり、
撲殺されちまったそれは
もう何にも考へられぬのさ。
「否、死しても尚、念は残るぜ」
高き蒼穹 吾を殺せと 喚いてみるが
何といふ 黒き闇夜に 吾捨つる それでも残る 此の世に未練が