徐に
――ふはっはっはっ。
と哄笑を発したのである。
何がそんなにをかしかっのだらうか
俺にはとんと合点がゆかぬままに、
しかし、そいつは徐に歩き出し、
俺の頭蓋内からの脱出を試みているやうなのだ。
そいつは巨人族の仲間に違ひなく、
その動きはすべて徐に執り行われ、
そして、そいつの動きはなんとも間が抜けたやうに緩慢なのだ。
そんな何処の馬とも知れぬ巨人が
何時から俺の頭蓋内に棲み着いたのかは判然としなかったのであるが、
尤も、俺の頭蓋内を俺が隈なく知ってゐる筈もなく、
何が棲んでゐようが
それは俺の与り知れぬ事であった。
つまり、俺の頭蓋内程、俺にとって未開な場はなく、
俺の頭蓋内が仮に天上界へと、
若しくは奈落の底の地獄に通じてゐようとも
そんな事は俺の存在にとってはあまり関係がないと思はれ、
しかし、俺は俺の頭蓋内が気になって仕方がないのだ。
何が俺の頭蓋内に存在するのか、
たぶん、俺が死んでもそれは未来永劫解からぬまま、
俺は一陣の風に吹き飛ばされる遺灰となり、
さうして、この森羅万象があると言へる世界に死後も放り出されたまま、
その今徐に俺の頭蓋内に立ち上がった巨人と俺は戯れるのが関の山なのかもしれぬ。
しかし、それで善しとしなければ、
土台、俺は俺にとっては未来永劫未知のままであり続け、
さうだからこそ、俺は今此の世で生き永らへてゐるのであり、
そんな俺に対して俺は「ちぇっ」と舌打ちしてみるのであるが、
それはそれで楽しくもあり、
何やら自然と嗤ひが出るのも仕方がないのである。
尤も、存在は∞の相の重ね合はせの末に
超然として此の世に誕生した筈で、
それを知りつつも、
俺は俺に対して未練たらたらで、
今を生きるのだ。
そして、俺は胡坐を舁きながら、
背筋をぴんと伸ばし、
俺の頭蓋内の巨人に対峙するのだ。
それは存在に対する最低限の礼儀で、
さうしなければ、俺は今にもそいつ、つまり、巨人に食ひ潰されて、
破滅する外ないのだ。
それでいいのであれば、俺は疾ふに破滅する生を選んでゐた筈で、
それは、つまり、その巨人に俺の存在を食ひ潰されるのか、
将又、踏み潰されるのかのどちらかを疾ふの昔に選んでゐた筈で、
さうしてゐない以上、俺はその巨人が俺の頭蓋内を我が物顔で蹂躙するのを
或る意味受容してゐるのである。
ならば、俺は俺だと叫べる筈なのだが、
今も尚、巨人の存在を知ってしまってゐる俺は
さう叫べずにゐるのだ。
そして、そいつは徐に欠伸をした。
何とも暢気で気持ちよささうに。