微睡みから目覚めしそれは
不意に世界に目をやり、
世界を愛でながらかう呟いた。
――これが世界と言ふものか。なんだかありきたりなものだな。
さうして身を起こしたそれはのっそりのっそりと歩き出したのだ。
それがどこを歩いているのかを自身ではさっぱりと解らぬままに
当てずっぽうに歩いてゐる。
と言ひのもそれは直ちに世界が触りたかったのだ。
世界がどんなものなのか触感で味はひ尽くして
長き眠りの間に努努見ていた世界と言ふものが
一体全体何なのか一時も早くに知りたかったのだ。
しかし、それはミノタウロスの眷属のやうに世界に触る先から
世界のものは砂と化してはらはらとその形を崩して
それの掌から零れ落ちてゆくのであった。
――なんたることか。
それは世界が砂上の楼閣でしかないと言ふことを
それは初めて知り、愕然となるのであるが
尤も、世界とはそもそもそんなものなのかもしれなかったのだ。
それは触れられるものには手当たり次第に触るのであったが、
全ては砂へと変はってしまふばかりなのであった。
それはなんと哀しい存在なのだらうか。
ミノタウロスの眷属であるそれは
世界が砂であると言ふ真理に確信を持ち、
さうして誤謬するのだ。
哀しき哉、それは
世界を知り得うることなく、
砂遊びをする中で老いて死んでゆくのだ。
ただし、それは世界認識を迷ふ事なく、
また、彷徨ふ事なく此の世を去るのだ。
それはそれでまた、幸せなのかもしれぬ。
世界の様相が砂のみならば、どんなに多くのものが救われたであらうか。
しかし、世界はそれの認識とは全く違ふ様相を呈してゐて、
世界は混沌と秩序を行き来しながら、
世界そのものをも翻弄するのだ。
何故なら世界とは世界を包摂した入れ子状の様相を呈してゐて、
また、それはFractalなものに違ひなく、
仮にそれが可能ならば世界のどこをどう切っても
世界は金太郎飴の如くに紋切り型をしてゐる筈なのである。
さうして世界は存在するものにおいてのみの唯一無二の世界を表出し、
つまり、各様各様違ふ世界が存在し、
ミノタウロスの眷属のそれのやうに
世界は例えば砂として捉えてゐるものも必ず存在し、
それがそのものの途轍もなく個人的な信仰に結びついてゐるのだ。
――嗚呼、ミノタウロスの眷属よ、お前は、ちぇっ、お前は今生の中でも最も幸せなものなのかもしれぬ。世界なんぞに現を抜かす無駄な時間を浪費することなく、ちぇっ、馬鹿な。無駄な時間にこそに真理は隠れてゐるものなのさ。お前ほど哀しい存在ほど今生にゐやしなかったのだ。