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揺らめく幻視の中で

何時からか何ものも揺れはじめ、
気付いてみるとそれは森羅万象に渡ってゐた。
何もかもが揺れる世界にゐなければならぬ苦痛は
しかし、何とも居心地がいいのも否定出来ぬのだ。
そして、この相反する感情の揺らめきに共振し、
更に世界は揺れるのだ。


しかし、此の世界とは一体何なのであらうか。
これはとびきりの愚問に違ひないのであるが、
それでも問はずにはをれぬ俺は
多分、既に正気を失ってゐるに違ひない。
その証左が揺れる世界なのだ。
そして、俺は此の世界と言ふものを猜疑の目でしか見られずに
そもそも世界の存在を疑ってゐるのだ。


しかし、一方で、俺が見てゐるものは幻視の世界ではないのかと
思い為してゐる俺もゐて、
俺はこの二重写しの世界に股裂き状態で屹立してゐるのかもしれぬ。


そんな無様な俺の有様は、他者から見れば、滑稽そのもので、
下劣な喜劇を踊ってゐるだけに違ひないのだ。


それは将に醜悪極まりなく、
何ものにとっても鼻つまみもので、
それでも居直る俺もまた存在する。


どうすれば俺は俺の存在を承服出来るのかと
訝るのであるが、
その術は全く不明のまま、
それでも漠然とした俺がこの揺れる幻視の世界に
二重写しとなる世界にゐるのだ。


何が本物で何が偽物なのか既に解らぬまま、
猜疑ばかりが肥大化するこの揺れる世界の中で、
その化け物のやうに猜疑が肥大化した俺は、
ぶくぶくと太りだし、
尚更醜悪極まりない俺を此の世界に出現させる。


しかし、仮令、此の世界が幻視のものであるにしても、
だからといって俺は最早世界から遁れられぬのだ。


幻視の世界と言ってもそれは俺には現実の世界であり、
夢現が区別出来なくなった俺は、
既に精神が病んでゐるに違ひない。


病んだ眼差しの向かうに見える世界は、
しかし、俺には相変はらぬ日常を提示し、
さうして俺は一日を何とか生き延びてゆくのだ。


それでも世界に縋るしかない俺は、
とんだ道化師に違ひにない。
世界が俺をからかってゐるのかどうかはいざ知らず、
唯、足を掬はれるのは世界ではなく一方的に俺の方なのだ。
突然、卒倒する俺は、世界にからかはれ、馬鹿にされながら
ある拭ひ難い視線を感じる。


その視線は何時も俺を串刺しにするやうな視線で、
それを俺は「世界の目」と看做してゐて、
その刺すやうな視線から遁れられぬ俺はその場で地団駄を踏みつつも、
尚も世界に縋り付く。


哀しい哉、道化師とはそんな存在なのだ。
幻視の世界で笑ひを振り撒きながらも
道化師は独り哀しい現実を背負ひ、
見るものに夢を与へるもの。


それが俺とは微塵にも言へぬが、
それでも俺は道化師として此の世に存在することを露の夢として夢見る。
道化師より哀しい存在は道化師になれず、
幻視の世界に振り回される俺なのかもしれぬが、
俺は俺として楽しく幻視の世界に振り回されるのを善しとしてゐる。

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