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惜別

悪疫が欧州を襲ったことで、
事情が二人の関係の継続を許さず、
別れることに相成った。
それにしても彼女は美しかった。
その神秘的な美しさは
息を呑むほどで、
彼女以上の美女にはもう出会ふこともないだらう。
然し乍ら、吾はといふとこの事実に意外とさばさばしてゐて
彼女は今、死の不安の中で、生き延びることに精一杯なのだ。
それが手に取るやうに解るために
この別れを肯定的に吾は受け容れる。
何をして彼女を責められやうか。
未練がない訳ではないが、
唯、彼女には生き延びて欲しい。
翻って吾はといふと、
強烈に愛した彼女に対しての惜別の念は
当然ながらあり、
心にぽっかりと穴が空いた喪失感は
塞ぎやうもないが、
吾もまた、それまで以上に身近な死に対して
付かず離れずしながら、
上手に付き合はなければ、
生き延びられぬ。
いくら生に対して未練がなくとも、
やはり、まだ、少しは生きてゐたい欲はあり、
恥ずかしながら、
生に対する屈辱を抱へざるを得なかった吾は、
彼女を失ふ喪失感以上に
生に対する罪悪感を克己して
吾を断罪し終へるまでは死ねぬのだ。


さあ、神秘的な美しさを秘めた貴女よ、
お互ひに歩む道は違へてしまったが、
この悪疫が蔓延る世において
只管生を捕まへて
お互ひに生き延びやうぞ。
それがせめてもの吾の貴女への惜別の言葉ぞよ。

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