幻夢
水鏡に満月が宿り、
しずやかな川面を見ると
凪の時を迎へてゐるのが解る。
ぽちゃっと魚が跳ね、
尚更、静寂が心に沁み
川中に立つ柳の木は
その葉葉を落とし、
そよ風には柳の葉のない枝が
さらりさらりと音を擦らせては、
川面の波紋が岸辺に届く。
ゆらりゆらりと世界が揺れる。
月下の中、夢ばかりが先立つ玄黄に
幻ばかりが釈尊の立像の如くに立ってゐるか。
光背に捲かれて盧舎那仏に変化し、
満月に負けぬ絶妙な光度の蒼き微光を放つ
存在になり果せてゐるか。
そんな夢の中で、
もうとっくに死んだ愛犬が
その死の時を待つやうに
東を向いて
局部を勃起させてはそこから零れる精液が
小さな野花のやうに固まってゐる。
蒼白くも黄みがかった月光は、
吾を透過し、
影はなし。
ゆらりゆらりと世界が揺れる。
さうして森羅万象は幻夢に惑ふ。