恋文のやうに
恋文のやうに
何故にそれに惹かれてしまったのか
判然としないまま、
日を追ふごとに益益惹かれるそれは、
一般に自分自身と呼ばれてゐるが、
吾にはそれは異形のものとしか思へず
それでも惹かれるのは
己の眷属故だらうか。
それに対して何よりも先立つのは
恐怖なのだが、
雨に濡れてぶるぶる震へる仔犬のやうに
頼りになるのは仔犬を見つけたものであるのと同じく
吾は吾を頼りにしてゐて、
異形のそれもまた、
ぶるぶる震へる仔犬のやうに
吾に擦り寄ってくるから尚更いけない。
人知れず吾は不知不識のうちに
その異形のものが可愛らしく、
恋心を抱くやうになったのだ。
これが尚更いけないのは相思相愛といふことなのだが、
照れ隠しもあって、
吾はそれに対して突っ慳貪な態度を今も尚とってゐる。
それは餓鬼の頃の好きな女子に対する態度にも似て、
意地悪をして気を引かうと精一杯の愛情表現なのだが、
意地悪をされる女子は堪ったものではない。
だからその異形のものは愛してゐるにもかかはらず
いつしか吾に対して牙を剝くやうになり、
隙あらば首の急所を噛み切る殺気を放つやうになった。
一度吾は夢でそのものに唇を噛み切られ、
一週間ほど吾は唇を青黒に腫らせては
傷の癒えるのを待つ己を鏡の向かうに見出してゐた。
だが、吾のそれに対する愛情は冷めるどころか、
益益昂進し、
気が付けば吾は其奴に惑溺してゐたのだ。
――嗚呼、愛しきそれよ、吾、偏にお前を愛する。