最早水底にゆっくりと落ち行くやうに

断念をのみ後生大事に抱いて

おれは何もかも棄てちまったのか。

水底で死を待つのみのおれか。

それでも足掻いて水面に顔を出し息継ぎをする理由が解らぬ。

何の事はない、おれは単に迷子になっちまっただけなのかもしれぬ。

生くるに意味などないことは疾うに知ってはゐるが、

何かは名指せぬがそれさへあれば、

おれは生きて行けるに違ひない。

ところが、それが何なのか一向に解らぬのだ。

最早瘋癲の姿をしてそれを探すのだが、

それは「えへへっ」と嗤って

おれの元からは逃げ水の如く逃げ失せる。

おれは未来永劫手にできぬものを求めてゐるのか。

否、さうではない筈だ。

既に此の世における慾を抱くことからは

遠ざかって久しいが、

慾なき人間は生くるに値しないなんて馬鹿馬鹿しいことは

一言だに言ふこと勿れ。

ギラギラしてゐる人間が素敵だなんてちっとも思へず

とはいへ、ギラギラしてゐる人間が時に羨ましくもある事もなくはないが、

然し乍ら、それは視野狭窄の謂でしかないと

ギラギラしてゐる人間を見る度に思ふ。

 

光害により一昔前よりも星が見えなくなった今、

それでも夜空を見上げて

思考は光よりも速く宇宙の果てに辿り着き

そこで独り寂寞の中、

呆然とするのみのおれは、

もしかするとこの寂寞を探してゐたのかもしれぬと思ふのである。

それは寂寞とこのがらんどうの胸奥が共鳴を始め、

「ひぃひぃ」とおれはやがて呻き声を発する。

そのときおれは、まだ声が出せるのかと感動し、

息するおれは

生きてゐることを実感するのであるが、

然し乍ら、そこでも断念が邪魔をする。

感動する感情は断ち切られ、

何事にも断念が先立つおれの生き方を

おれが強要するのだ。

 

今のおれはどん詰まりなのかもしれぬが、

まだしも探すものがあるだけましかと

それが何かと思ひながら煙草を吹かす。

積 緋露雪

物書き。

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積 緋露雪

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