忘却 確かにあったものが 無いことの薄ら寒さにぞっとしながらも それを受け容れなければならぬ齢になったのかと 感慨に耽る余裕はこれっぽっちもなく、 忘却は、しかし、なし崩し的にやってきて、 根こそぎ、おれの記憶を奪ひ去っ […]
闇の中の影踏み 夕暮れになると自分から食み出してしまふおれは 夕日で矢鱈に長く伸びる影のやうに どうしようもなく食み出た自分を追って 影踏みをする如くに歩を長く踏み出すのですが、 自分から食み出た自分はおれが一歩踏み出す […]
破綻してゐる夢神話 もういいぢゃないか。 夢に何かを背負はせるとはこの時代、酷といふ外ないではないか。 例へば夢の中で何か現実世界で解決できなかったものが 夢の中ではすらすらと解決できた数理論的問題があったとしても、 そ […]
曙光 光の国への誘惑は 死を意味するのか。 地平線からの曙光は 冷たい輝きをしてゐた。 年が明けるといふことに対して反射的に 一休宗純が正月に ――ご用心、ご用心。 といって街を練り歩いた髑髏を思ひ浮かべる […]
がらんどうの胸奥は 生きることで精一杯な日常においても それはがらんどうの胸奥に棲み着き、 海胆(うに)の如くに棘だらけのそれは いっつもおれの胸奥を突っついては鼓舞する。 胸奥ががらんどうなためにそれはいつもカランコロ […]
位置 珈琲を淹れながらもおれは絶えず空の重さを感じながら、 双肩にのし掛かるそのずしりと重い圧力に押し潰される恐怖にたじろぐおれを宥めるやうにして おれの位置に屹立する。 ところが、己の位置から食み出す瞬間 […]
ゆっくりと むくりと頭を擡げたと思ったならば、 そのものはゆっくりと此方に向かってきたのです。 それはなんと言へばいいのでせうか、 私を引っ掴まへて食べたがってゐるやうに思へたのです。 これはいかんと、私は逃げようとした […]
潰滅するものたち 自らを自ら生み出せぬままに潰滅するものたちは、 己にのめり込むやうにして自らが自らの内部へと向ひ、 さうして最期は、無限小の中へと潰滅するのか。 潰滅するものたちは、 多分、外部と言ふ概念 […]
水鏡 微風が戦(そよ)ぎ漣が立つ水面(みなも)に映る真夜中の太虚に心奪はれ、 ぢっとそれを凝視しながら、 ――これが此の世の涯に違ひない。 と、思はずにはゐられぬその美しさが映える水鏡は 此の世の涯の姿を確実に、 そして […]
思念の行方 溝川(どぶがは)の底のヘドロから鬱勃と湧き上がるメタンガスの気泡が水面でぽっぽっと破裂する音のやうに 思念は私といふ名のヘドロから鬱勃と湧くメタンガスの気泡であって、 思念は五蘊場で幽かな音を発 […]