至福 何に高揚してゐたといふのか。 人生のどん底にありながら、 思考は固着し、 感情の起伏は消え、 何に対しても平坦なままのそんな状況下で、 おれは絶えず高揚してゐた。 どん底といふものは一度味はってしまふ […]
渇仰 飢ゑてゐる時ほどに寒寒と身体が冷えつつも、 眼光だけは鋭く、 何ものも逃してはならぬといふ覚悟の下、 おれはまだ、それを渇仰してゐるのか。 それとは所謂、素顔のおれなのであったが、 そんなものは既に鏡 […]
腰痛 ぎっくり腰か、 此処のところ腰痛に難儀してゐる。 それとも内臓に病気でもあるのか、 この腰痛はどうやら長く尾を引きさうだ。 しかし、動くことにさへ難儀してゐるこの状態を楽しんでゐるおれがゐるのだ。 不 […]
漸減 粘性や摩擦により状態が漸減することで 此の世はまともに機能することが此の世の摂理である。 漸減せずに慣性の法則が純粋に成立する世界は滅茶苦茶な世界であって、 何事も漸減しなければ、動いてゐるものは止まれず、静止して […]
時間の矢なんぞ嘘っぱちである 時間を特別扱ひして、 それが虚時間だとしてもその有り様は一次元に収めてしまってゐるので、 其処から時間は”時間の矢”として表象されるのである。 それゆゑに時間の差分により時間は数値化される。 […]
哲学における数学的な言説は誤謬なるか 数学が抽象的故に信頼を持ち得ると言ふ誤謬を もう哲学者を名乗る以上は気が付かなければならぬ。 何でも数学に還元する悪癖は、 哲学者によく見られる誤謬の一つなのだが、 抽 […]
連続は維持すべきものなのか おれであることを”連続”したものとして認識するおれは、 決定的に何かが欠落してゐると思へ。 それが此の世に対するおれの最高のもてなしなのだ。 おれが連続してゐるなんぞまやかしに過 […]
乖離性自我同一障害といふ病 おれと言ふことに途轍もない屈辱を感ずるおれは、 もう手遅れに違ひない。 それを仮に乖離性自我同一障害と名付ければ、 この病はキルケゴール曰く処の「死に至る病」の変種に過ぎぬのかも知れぬ。 此の […]
焦燥 何をそんなに急ぐ必要があるのか。 此の焦燥感は何ものも留めることはできぬのか。 それとも、このおれと言ふ存在に我慢がならぬのはまだ善しとしても、 焦燥感に囚はれて、 無鉄砲なことを何時しでかすかと杞憂に囚はれてゐる […]
ぼんやりとした恐怖 そこはかとなく、心の奥底から湧いてくる幽かな感情は恐怖だったのかも知れぬ。 おれが此の世に存在することの意味を問ふ馬鹿はもうせぬが、 存在するだけで恐怖を感ずるのはとても自然なことなのかも知れぬと思ひ […]