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Author: 積 緋露雪

そいつは立ち上がりし

そいつは立ち上がりし   不図気付くと俺は何処か見知らぬ場所で覚醒した。 開けられた瞼を再び閉ぢて夢の残骸が転がってゐないか探してみたのだが、 見えるのは吾が五蘊場が表象せし意味不明な映像ばかり。   仕方なく、再び瞼を開け、前方をかっと睨んだところで、 何が解る訳でもないのであるが、 俺は自分のゐる場所を何としても知りたくて、 ぎろりと辺りを眺め回したのである。   しかし、其処は余りにも殺風景で、 砂漠のやうでゐて、砂漠に非ず、 何やら月面のやうにも思へなくもないので、 此処は地上とは別の何処かのやうな気がしないでもなかった。   と、不意にそいつが地平線の彼方で立ち上がり、 時空を食ひ始めた。 そいつが時空を喰らった後には 余りにありきたりな表象でしかない闇が現はれるのであるが、 そいつはその闇をもまた喰らひ、 その後に時空は時空の存在を全く失い、 餅が焼かれてゐる時にぷくりと膨らむやうに その穴があいた筈の時空の穴へと時空は吸ひ寄せられて、 その穴に吸ひ込まれた時空は時空外でぷくりと膨れて、 新たな完結せし宇宙が生まれるやうなのであった。   そいつは、さて、神の眷属なのか、と、 余りの馬鹿らしさに俺は嗤はずにはをれなかったのであるが、 尤も、そいつは最後に俺を喰らふのは間違ひない。Read Moreそいつは立ち上がりし

夢魔が誘ふ睡魔の中に

夢魔が誘ふ睡魔の中に   何とも言ひ難い程に意識が遠くなるこの睡魔の中に 意識を水に沈めるやうに沈めてしまへば、 後は夢魔の独壇場。   この夢魔の誘ひが曲者なのだ。 夢魔は絶えず俺を騙し討ちしようと詭計を練っては 手練手管を尽くして、 俺を手込めにしようとする。   ひらりと飛翔する夢魔は 鳥影の如く俺の意識を蔽ひ、 さっとその足爪を深く俺にめり込ませながら 俺を丸ごとひっ捕まへては、その鋭利な嘴で突き殺す。   とはいへ、殺される俺は既に意識を失ってゐて 夢魔の為されるがまま 心地よく眠りについて夢見の最中。   そして、俺は目の前の出来事を全的に受容し、 何の不審も抱かずにゐればよかったのだが、 一度不意に疑念が脳裏を過(よ)ぎった瞬間、 夢魔の化けの皮を剥ぐやうにして、 夢魔が創りし世界は波辺の砂山のやうに崩れゆき、 俺の意識は息を吹き返すのだ。   その刹那、夢魔はさっさと逃げ失せてゐて、 水面目がけて浮き上がるやうにして 夢世界をぶち破る吾が意識は、Read More夢魔が誘ふ睡魔の中に

もんどり打って

もんどり打って   時の流れの中にもんどり打って飛び込まざるを得ぬ此の世の存在物どもは 既にその存在が滅する宿命を授けられながらも存在する不合理に 絶えず目眩を覚えつつ、ふらふらと立ち上がらうとするのだが、 此の世の不合理はそんな事にお構ひなしに止めどなく時を移ろはす。   そもそも時間とは何なのであらうか、と、とんでもない愚問を己に発し、 さうして俺は《Fractal(フラクタル)な渦》と時間に関しては素知らぬ顔をして答へるのだ。   そもそも時間が一次元のものとして看做せる必然性は全くないにもかかはらず 無理強ひして時間が先験的に一次元として振る舞ふものと看做す知性は その根拠を全く知らぬではないのか。 時間を量子論と結びつけて考へる思考もあるにはあるが、 それでも時間は一次元の域を出ない。   時間が∞次元とする思考法は果たして誤謬なのであらうか。 時間を一次元に閉ぢ込めた事で、 物理学は発展したのは確かであるが、 それはしかし世界認識のたった一つの認識法でしかなく、 世界認識はそもそも多様でなければならぬのではないのか。   仮に時間が∞次元とすると物理法則は新たに書き換へられなければならないのであるが、 それをやらうと人生を擲(なげ)うっていきり立つ己の憤懣に対して正直になれば、 先づは時間の一次元からの解放が己の仕事なのかもしれぬのだ。   時間を線形の一次元の中に封じ込める事で 此の世の癖たる法則性を見出したのではあるが、 時計で時間を計る事の欠陥は、 時計が既に物質の振動子の振動数から導くかRead Moreもんどり打って

揺らめく幻視の中で

揺らめく幻視の中で   何時からか何ものも揺れはじめ、 気付いてみるとそれは森羅万象に渡ってゐた。 何もかもが揺れる世界にゐなければならぬ苦痛は しかし、何とも居心地がいいのも否定出来ぬのだ。 そして、この相反する感情の揺らめきに共振し、 更に世界は揺れるのだ。   しかし、此の世界とは一体何なのであらうか。 これはとびきりの愚問に違ひないのであるが、 それでも問はずにはをれぬ俺は 多分、既に正気を失ってゐるに違ひない。 その証左が揺れる世界なのだ。 そして、俺は此の世界と言ふものを猜疑の目でしか見られずに そもそも世界の存在を疑ってゐるのだ。   しかし、一方で、俺が見てゐるものは幻視の世界ではないのかと 思ひ為してゐる俺もゐて、 俺はこの二重写しの世界に股裂き状態で屹立してゐるのかもしれぬ。   そんな無様な俺の有様は、他者から見れば、滑稽そのもので、 下劣な喜劇を踊ってゐるだけに違ひないのだ。   それは将に醜悪極まりなく、 何ものにとっても鼻つまみもので、 それでも居直る俺もまた存在する。   どうすれば俺は俺の存在を承服出来るのかと 訝るのであるが、Read More揺らめく幻視の中で

陰翳

陰翳   夕闇も深まる時、 森羅万象は一斉に陰翳に色めき立つ。 ざわざわとひそひそ話を始めるものたちは、 吾が存在により生じる陰翳に、 己の己に対するずれを確認しながら、 自分の居場所から離れてゆく。   何て心地よい時か。 俺が俺から離れる時に生じる俺の陰翳に 俺は快哉を送るのだ。   何故って、 俺が俺からずれると言ふ得も言はれぬ感覚は 全て陰翳として可視化され、 また、その陰翳には俺の異形が犇めき合ふのだ。 昼間は影を潜めてゐた異形のものたちは、 世界に陰翳が生じる此の夕闇深き時に、 その重たい頭を擡げ、 森羅万象に生じる陰翳に水を得た魚のやうに 自在に動き回り始める。   その時こそ、俺は俺から一時遁れる。 此の至福の時に、俺は安寧の声を上げて、 しみじみと俺を振り払ひ、 俺から遁れた俺を抛っておくのだ。   そして、俺が抜けた俺の抜け殻は、 最早俺である必然はなくなり、Read More陰翳

深い陥穽に墜ちたとは

深い陥穽に墜ちたとは   それは何の前触れもなくやってきた。 それは黒子(ほくろ)と呼ぶのが相応しいのかもしれぬが、 この軀体に現はれた真っ黒な点は、その底が余りに深かったのだ。   その皮膚上に現はれた黒点は太陽の黒点にも似て、 ともに強力な磁場を発して空間を歪め、 さうして、俺を揺すぶりながら、 俺の気配を吸ひ込み、 その黒子に墜ちた俺は 尚も俺を探しながら、 「へっへっ」と嗤ひながらまだ、落ち着いてゐたのは余りに楽観的だったのだ。   その黒子が仮に癌であったならば、慌てふためく筈の俺は、 それを承知の上で上っ面では癌であって欲しいと望んでゐて、 しかし、実際にその現実を突き付けられた途端、 魂魄が動揺し、顫動するのは解り切ってゐた。   とはいへ、俺は何を思ったのか、煙草を銜へて紫煙を呑み込み、 その紫煙の中に消えゆく視界に溺れて、 さうして誤魔化した先には醜悪極まりない現実ばかりが横たはり それに絞め殺される思ひをしながら、 絶命する事ばかりが宿命と呼びかけて魂の動揺を抑へるのだ。   何を以てして俺と言へるのかと、 永く悩ませてゐた懊悩を この際その縺れた俺と言ふものを解きほぐしながら、 尚も俺は存在すると胸奥で叫ぶのだ。  Read More深い陥穽に墜ちたとは

憂愁の中で私は

憂愁の中で私は   布団の上にだらりと投げ出された女体を眺めるやうに 私は只管私の外部と内部の両睨みで睥睨してゐたのであるが、 もはや疲労困憊の私には鬱勃と憂愁が私の何処からか湧き出し始め、 そんな憂愁の中で私は腐敗し始めたのかもしれなかった。   既に私の内部は崩壊を始めてゐて、 その死体が永きに亙って私の内部に横たはり、 何の事はない、 私はそれを女体と仮称することで 私の内部に目眩ましを喰らはされてゐたに過ぎぬのだ。   さうして永きに亙って死体としてしか もはや存在してゐなかった私の内部は、 私の知らぬ間に腐乱を始め、 気が付けば腐臭が私の内部に充満してゐたのである。   それが女体が放つ甘い香りのやうに芳しかった時期もあった筈なのだが、 憂愁の中に落ち込んでしまった私にはその腐臭は もはや堪へ得ぬ悪臭に変貌したのだ。   この憂愁の中にある私が正常なのかもしれず、 腐臭を腐臭として感じられる感性こそに私は己の根拠を求めたのであるが、 如何ともこの悪臭には悩まされる以外になかったのである。   私は私からの脱出を何度も試みたのであるが、 それはことごとく失敗に終はり、 さうして憂愁の中に投げ出されたのだ。  Read More憂愁の中で私は

軛を付けた私は

軛を付けた私は   いつからこんなに足取りが重くなったのか。 惚けて空を流れる雲に見とれてゐたためだらうか。 それにしても雲はいい。 法則に縛られてゐるにもかかはらず、自在なのだ。 雲はみるみるうちにその姿を変へ、 今生のものとは言ひ難いほどの美しさを帯びた雲は、 私の思ひも引き連れて、何処へか私の夢想を運びゆく。   さうして雲をずっと眺めてゐたら、 どうやら私には軛が付けられたやうなのだ。 つまり、それは私が雲を眺めてゐると何処へかに行ってしまふのを 何かが恐れてゐるのかもしれぬのだ。 しかし、雲は実にいい。 雲を眺めてゐるだけで私の心は躍るのだ。 嗚呼、単なる水蒸気の塊に過ぎない雲に何故にこんなに心が惑はされるのか。 それは一つとして同じ姿をしない雲に「多様」を見てゐるからなのか。 それは間違ひなのかもしれぬ。 尤も、雲は雲なりに不自由を感じてゐるに違ひなく、 自在である筈はない。 此の世で自在であるのは神仏以外あり得ぬのだ。   ふっ、もしかしたならば、先験的に私はさう思はされてゐるのかもしれぬ。 果たして神仏は此の世に存在するのか。 仮に不在ならば、何が此の世の法則を決めてゐるのか。 森羅万象の癖が此の世の法則と呼ばれるものなのだらうか。   今生に生まれ落ちてしまったものは、 取り留めなく宇宙を漠然と考へてそれを観念に変へ、Read More軛を付けた私は

微睡みから目覚めしそれは

微睡みから目覚めしそれは   長き眠りから目覚めしそれは 不意に世界に目をやり、 世界を愛でながらかう呟いた。   ――これが世界と言ふものか。なんだかありきたりなものだな。   さうして身を起こしたそれはのっそりのっそりと歩き出したのだ。 それがどこを歩いてゐるのかを自身ではさっぱりと解らぬままに 当てずっぽうに歩いてゐる。 と言ふのもそれは直ちに世界が触りたかったのだ。 世界がどんなものなのか触感で味はひ尽くして 長き眠りの間に努努見てゐた世界と言ふものが 一体全体何なのか一時も早くに知りたかったのだ。   しかし、それはミダス王の眷属のやうに世界に触る先から 世界のものは砂と化してはらはらとその形を崩して それの掌から零れ落ちてゆくのであった。   ――なんたることか。   それは世界が砂上の楼閣でしかないと言ふことを それは初めて知り、愕然となるのであるが 尤も、世界とはそもそもそんなものなのかもしれなかったのだ。   それは触れられるものには手当たり次第に触るのであったが、 全ては砂へと変はってしまふばかりなのであった。   それはなんと哀しい存在なのだらうか。Read More微睡みから目覚めしそれは

悲哀

悲哀   存在を否定される事を以てして存在する事を余儀なくされたものは、 その背中に哀しみが漂ふのは勿論、自虐する己の性のまま、 独り黙考の中に佇み、そして舌を噛み切るやうな思ひを抱きながら、 霞をも食らひ、それでも生を手放さずにゐる事を堪へ忍ぶ。 嗚呼、何を思ふ。ただ、のたりと日が沈む中、辺りは静かに夕闇に包まれてゆく。   ゆったりと流れる時間にただ、自死のみを意識に上らせながら、 それの鼻をつまんでみては自嘲してみて、 吾を嗤ふ退屈でありながら濃密な時間に身を置く事で、 己の存在の悲哀を噛み締めるのだ。   其処にはきっと空虚しかない筈なのだが、 己はそれを貪り食ふ事しか出来ないのだが、 それが美味くて仕方ないのもまた事実なのだ。   それを他人は霞と言ふのかもしれぬが、 己にとっては三度の飯より美味いものなのだ。 空虚を食らふ事の虚しさがただ、己を和ませる。 それはとことん虚しくなくてはならぬ。 虚しくある事でやっと己は食ふ事の宿命を忘れられ、 浄化される仮象の中で恍惚の態を覚えるのだ。   ゆっくりと日は沈んでゆく。 この夕闇迫りまた、茜色に染まる夕暮れ時ほど 悲哀を背負った存在には相応しい時間はないのかもしれぬ。   さあ、それを避けずに独り太陽が地平線に沈んでゆく時間の充足感に身を溺れさせながら、 やがてくる虚しき漆黒の闇の時間の中で独り蹲りながら、Read More悲哀

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