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Author: 積 緋露雪

籠もる人

籠もる人   そのものは独りであることに耽溺し、 吾といふ玩具を見つけてしまった。 そのものにとって吾は弄ぶものであって、 Fractal(フラクタル)なものとは全く予想出来ず、 そのものにとって吾は吾と分離した何かなのであった。 この矛盾がをかしくて仕方なかったのか。   そして、そのものは、終ぞ ――おれ。 と言ふことは憚られ、また、一生言ふ事はなかった。   では、そのものが自己を指して語るとき、 ――あれ。 として語り出す。 それは当然のことで、 吾とはそのものにとって玩具以上の物にならず、 変態を続けるその吾はそのものにとって飽きることはなく、 それ以上に耽溺させるのだ。   独り吾に籠もるそのものは、 始まりも終はりもないその吾の出自と最期を 想像することは全く出来なかったのである。 つまり、吾とは不死なるもので、 そのものにとって「あれ」と分離した「おれ」は 「あれ」が死んでも「おれ」は生き残るものとしか思へなかった。   不老不死といふ儚い夢を見ることで、そのものは生き生きとし、 不老不死は「あれ」の出来事として思ひ込む。Read More籠もる人

棚引く雲

棚引く雲   蒼穹の下、 おれは変化して已まぬ雲を眺め、 時にその雲の影に蔽はれながら、 雲が棚引くその雲の影と蒼穹の対比に 得も言へぬ美しさを見出したのか。   おれはこの他者がゐて、歴史とがある此の世に生まれた不思議に感謝しながら、 もしかしたならば、おれはおれのみしか存在しない、 歴史もない世界に生まれ出る可能性があった筈であるが、 それを回避して此の他者がゐて、歴史がある此の世界に生まれ出たことに それだけでおれは幸せなのかも知れぬ。 さう思はずして、此の痛苦しかない世の中で、 何に縋って生きてゆけると言ふのか。   何時も嘆くことばかりをしながら、 それでゐて、己が生きてゐる事に胡座を舁くおれは、 何にも解っちゃゐなかったのだ。   雲間から陽が射し、影が作るその美は 此の世界が鮮烈な印象を各人に残しては、 己の存在に思ひ馳せるきっかけばかりをおれに見せる。   此の美しい世界に生まれ出たことの不思議は解らずとも、 それを存分に堪能することは出来てしまふ此の世の優しさが、 おれにとっては苦痛でしかなかった。   慈悲深い此の世の有様は、 おれを冗長にさせて、Read More棚引く雲

己が哀れむのを誰ぞ知るや

己が哀れむのを誰ぞ知るや   既に此の世に存在してしまふ事で、 その存在は既に哀しいのだ。 それはどんな存在でも暗黙裡に承知してゐる事で、 今更言挙げする必要もないのであるが、 しかし、その愚行を敢へて行ふ吾は、 大馬鹿者でしかない。   その自覚があるのに己が哀しいと哀れむのは、 単なるSentimental(センチメンタル)でしかないのであるが、 そのSentimentalな感情にどっぷりと浸る快楽を おれは知ってしまったが故に敢へて馬鹿をやるのだ。   快楽に溺れるおれはエピクロスの心酔者なのかも知れぬが、 おれはそれでいいと開き直ってゐる。   さうして、他人に馬鹿にされることで尚更快楽に溺れ、 最早、その快楽から遁れられぬ蟻地獄の中の蟻の如くに おれは存在そのものに生気を吸ひ取られてゐる。   存在に生気を吸ひ取られるとは一体全体何を言ってゐるのかと 吾ながらをかしなことを言ってゐるとの自覚はあるのであるが、 しかし、存在は生気を吸ひ取ることで存在を存続させてゐるのは間違ひなのだ。   存在とはそのやうにしてしか存立出来ぬもので、 森羅万象はその寿命を全うし、 次の宇宙が始まるための準備をするのだ。   宇宙とは、何世代もが続くものであり、Read More己が哀れむのを誰ぞ知るや

譫妄の中で

譫妄の中で   混濁する意識が辛うじて発した ――おれ。 といふ言葉は、果たして譫妄状態にあるおれのことをどれほど自覚した上で、 発せられたのであらうか。 そもそも意識が混濁することなく、 闡明する中での覚醒した意識が ――おれ。 と発した言葉は、おれの表象の上澄み液の部分で虚しく響き渡るだけなのだが、 混濁した意識の中で発した ――おれ。 といふ言葉ほど切羽詰まった言葉はないだらうが、 しかし、既にその状態のおれは、おれを捨ててゐるのだ。 もうおれを断念した譫妄状態のおれといふものは意識を失ってゐて、 発するのは、譫言ばかりなのであるが、 それは悪夢を見せる夢魔の力なのか、 意識は離合集散を繰り返しながら、 意識の閾値上を浮沈してゐるのだ。 それは多分呼吸と関連してゐて、 息を吐いたときに意識は離散して深海のやうな闇の中へと沈み込む。 そして、息を吸ったときに意識は集合して、 海の水面の上に顔を出してやっと息継ぎができるやうに意識であり得ることが可能な、 幽かなおれに縋り付き、 おれを見つけたとぬか喜びする。   それが意識の本質ならば、 意識は意識=力といふやうな 量子力学でいふ強い力や弱い力のやうに 意識はその力で結びつけられてゐるかも知れぬ。Read More譫妄の中で

Ivan Linsを聴いてゐたその時に大量殺戮は起きてゐた

Ivan Linsを聴いてゐたその時に大量殺戮は起きてゐた   現代ブラジル音楽を代表するIvan Linsの軽やかにして心に漣を起こす 時に哀愁すらをも軽みに変えて、何かを叫ぶでもないそんな音楽を聴いてゐたその時に 二十人にならんとする数の人が惨殺されるといふ大量殺戮事件は起きてゐた。   おれは、Ivan Linsの音楽に心地よく酔い痴れてゐるときに 既に地獄絵図の惨劇は起きてゐて、その犯行に及んだ男の供述によれば、 「此の世から障害者が消えればいい」といふやうな趣旨の発言をしてゐるやうで、 それは、つまり、   ――あなたが死にたいだけでしょう。それにとってつけたやうな理由付けをするのは卑怯だ。へっ、それ以前に自殺出来ないから他者を殺して死刑にならうとするその性根がそもそも腐ってゐる。死にたい奴は徹頭徹尾独りで死を完結するべきなのだ。   と、そんな言葉が口をついて出てしまうくらゐにおれは絶望の淵にゐる。 現代人は何処でそんな甘えの構造を死に対して行ふやうになってしまったのだらうか。 死にたい奴は独りで死ねばいい。 それが出来ないのであれば、徹底して生きるのが此の世の道理だらうが、 と、そんな瞋恚の言葉が脳といふ構造をした闇たる頭蓋骨内の五蘊場を駆け巡るのであるが、 他者を巻き込まずにはゐられぬ死に方は、 悪魔ですらしないものだ。 人間のみが無辜の人を理由もなしに殺すといふそんな事態に遭遇したときの無力感は、 誰しもが抱く事に違ひなく、 死にたければ、徹頭徹尾独りで死ね、といふ瞋恚に駆られるおれは、 だだ無意味に殺されてしまった人たちに対して祈ることしか出来ぬのだ。   かうしてゐるときもIvan Linsの軽やかにしてブラジルのボサ・ノヴァの延長線上にあるRead MoreIvan Linsを聴いてゐたその時に大量殺戮は起きてゐた

戦(おのの)くのは誰か

戦(おのの)くのは誰か   漆黒の闇の中にぢっと蹲って息を潜めてゐるそのものは、 妖精の闇の衣を被っては 雲間の曙光のやうに ぎろりと一つ目の眼(まなこ)のみを光らせて、 外部を窺ってゐる。   しかし、そのものを包むか細い空間は顫動してゐる事により、 そのものはぶるぶると恐怖に震へ、 若しくは、そのものは巨大な巨大な重力を持つ事により 強烈な重力波を発しながら、その存在を暗示させてゐるのか。   いづれにせよ、そのものはぶるぶると震へてゐて その震へが止まらぬのは確かなのだ。   存在すること自体が震へを伴ふならば、 そのものは、身を隠すのに大きな失態を演じてゐて、 正(まさ)しく頭隠して尻隠さずの典型でしかない。 そのやうな状況でも、身を隠さねばならぬそのものは、 自身に負ひ目を負ってゐるのか、 それとも存在以前の問題なのか。   ――馬鹿が。   と不意にそのものは呟いて、己の存在を嘲笑ってゐるのかも知れぬ。   その漆黒の闇は、絶えず光を当てられてゐるのであるが、 闇であることを已めず、唯、一つ目の眼のみがぎろりと光ってゐて、 何ものかが存在する事だけは確かなのだ。Read More戦(おのの)くのは誰か

憧憬

憧憬   Nostalgic(ノスタルジック)にも、 もう二十年数年聴いてゐなかった塩化ビニール製のレコード盤を取り出して、 そのレコードに針を落として久方ぶりにそれに聴き惚れてゐるのであるが 走馬燈のやうに吾が頭蓋内の闇たる五蘊場を駆け巡るかつての憧憬が 現在、実現したのかと自省するも、 脳といふ構造をした五蘊場は、あの頃と何ら変はってをらず、 ふつふつと今も熱情を、吾を追ひ込む熱情に滾(たぎ)りながら、 Speaker(スピーカー)から聴こえる嘗て憧憬した小林麻美の歌声に おれはかっかっと身体を熱くさせながら、 あの頃のおれが内部ではしっかりと生きてゐて、 おれといふ重層的なその存在の在り方は、 何処となくしっくりと来る在り方なのだ。   何時でも過去のおれが顔を出す現在の有様は、 それだけ歳をとったことの証明でもあるのだが、 しかし、死すまで、多分、おれのこの滾った感情は変はることなく、 内部でとぐろを巻いてゐる。 歳をとる度にそのとぐろの巻き具合がきりきりとこのおれを締め付けてゆき、 最期になって、おれは、空也上人のやうに、口からおれの姿形をした 言の葉かそれとも唯の息かは解らずとも、 おれが溢れ出る事には違ひない。 そのおれが超新星爆発の如く最期の時に溢れ出るあらゆる物のことをおれはタナトストンと名付けて その死の激烈な爆風を表現してゐるが、 タナトストンは、やがて、何かの存在物、それはもしかすると物自体なのかも知れぬが、 その存在物にぶち当たり、その存在物の五蘊場でタナトストンはカルマン渦を巻き、 不意にその存在物は吾といふ存在に目覚める。 さうやって存在は連綿と繋がってゆき、 森羅万象は絶えず吾に目覚めゆき、Read More憧憬

もういいかい

もういいかい   何処からか、 ――もういいかい。 という鬼ごっこをして鬼になった子どもの声が聞こえてくる。 おれは、 ――ふん。 と、その幻聴を嗤ふのであるが、 しかし、本当は気になって仕方がないおれがゐるのもまた事実なのだ。 その幻聴はしかし誰に向かって、 ――もういいかい。 といってゐると言ふのか。 ――ちぇっ、おれに決まってゐる。 と、この猿芝居に腹が立たないこともないのであるが、 おれは絶えず、おれを試しておかなければ、ちぇっ、単刀直入にいふと、おれはおれが嫌ひなのだ。 しかし、それでいいと思ってゐる。 といふよりも自分のことが好きな人間を全く信用してゐない。 自虐的なことが存在の前提、つまり、先験的に付与されたことで、 自らを責め苦に遭はせない存在など、 さっさと滅んでしまへばいいのだ。 さうすれば、ちっとは住みやすい世界が創出出来るかも知れぬが、 自虐的な存在で埋め尽くされた世界は、 しかし、現在ある世界とちっとも変はっちゃゐないとも思ふ。   世界とはきっとそんなものぢゃないかと世界を見下してゐるおれは、 世界に反抗しながら、 おれの憤懣をぶつけてゐるに過ぎぬのである。 それは単なる八つ当たりに過ぎず、 世界とは、そんな諸諸のものを受け容れる度量があるのだけれども、 おれと来たなら、おれすら受け容れられぬ狭量なおれにまた腹を立てて、Read Moreもういいかい

蒼穹

蒼穹 今は亡き石原吉郎に捧ぐ   雲一つなく、澄明な薄藍色に染まった蒼穹をおれは 脱臼しちまった双肩で担ぐ苦悶に身悶えしながら、 隣に偶然居合はせた赤の他人に愚痴をこぼしては、 湾曲した蒼穹のその撓みの恐怖に打ち震へる。 シシュポスの如くその永劫に繰り返される業苦は、 しかし、おれが生きてゐる間は、それは誰にも代はれるものではなく、 おれは世界を支へてゐる幻想に酔ひながら、 何万屯もある蒼穹を背負ひ続ける。   何がさう決めたのかなんてどうでも良く、 おれのこの業苦は、先験的なものに違ひないと端から思ひ為しては ――ぐふっ。 と咳き込みながら、確かに隣に居合はせた筈の赤の他人に愚痴をこぼしてゐる。   蒼穹を背負ふおれの影は、地平線まで伸びてゐて、 おれも蒼穹に届くほどの背丈になったのかと 感慨深げに思ふこともなくはないのであるが、 しかし、そんなまやかしに騙されるおれではない。   確かに ――重い。 といった奴がゐて、 それは偶然おれの隣に居合はせた赤の他人の言である。 しかし、おれではないと思ひたかったのかも知れず、 また、おれは健忘症に既に罹ってゐたのかも知れぬ。 何とも便利なおれの意識状態ではあるが、 唯、蒼穹の眩い薄藍色に見とれ、惚けてゐたのは確かで、Read More蒼穹

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