矛盾は豊潤
矛盾の棲処である渾沌を呑み込むべき存在として吾はある。
そもそも吾の存在を合理的と看做してゐる誤謬の徒は
最早その存在根拠を見失ひ、右往左往してゐるのが実情ではないのか。
渾沌を敢へて呑み込む不快を吾は堪へなくして、
誰が此の世界を支へるといふのか。
既にアトラスは消滅してからいったい何年経つことか。
既に玄武が此の世から消滅して何年経つことか。
既に神話の世界に、つまり、黄金時代に幕を閉ぢてしまったこの時代で、
敢へて生きてゆくには、世界はどうあっても己の双肩で支へるしかないのだ。
そんな過酷な状況を知ってか知らずか、
現存在は、相変はらず旧態依然の考へ方をしていて、其処に新しい発想の芽生えはない。
唯、世界が電脳化されゆくので、それに対応するので精一杯なのだ。
其処に夥しい矛盾が横たはってゐるのであるが、
その矛盾に真正面からぶつかる勇士は未だ出現せず。
嗚呼と、嘆くことは誰にでも出来るのであるが、
誰も矛盾に豊潤なものを見出す真正直な輩は、
いったい此の世に現はれることが可能なのか。
矛盾にこそ不合理である世界の根拠が隠されてゐて、
矛盾を取り上げない論理の浅はかさは、
言はずもがなであるが、
矛盾を無視する言説にはもううんざりなのだ。
その上っ面だけ辻褄が合っているやうに見せかける論理の誤謬は、
誰かが言挙げしなければならない。
これまでの論理で受け止めることが出来なかった此の世界を
受け止めることが可能なのは、矛盾を矛盾として言祝ぐことしかあるまい。
――だが、矛盾を嫌ふ本能は、如何とも出来ず、矛盾を前にして、吾なる存在は其処に渾沌しか見られずに、其処に存在の糸口がごろごろと転がってゐることを理解出来ぬであらう。