かの者 かの者は今も尚、十字架に磔にされて、人間の為の晒し者となってゐる。 何故、基督者はかの者を十字架から下ろさうとしないのか。 かの者は彫像に為っても尚、十字架から下ろされぬ不合理を 基督者はそれが恰も当然の如くに看做し、 しかし、本当にそれでいいのか。 かの者が、基督が憐れではないのか。 ――何を馬鹿な事を! 基督は彫像になって尚十字架に磔されてゐる事にこそに意味があるんぢゃないか! ――はて、磔に何の意味があるといふのか? ――基督は基督者の全存在の哀しみを受容してゐるのさ。 ――それは、基督者の我儘ではないのかね? ――我儘で結構ぢゃないか。基督は基督者の苦悩を全て受け止めるのだ! その証左が磔刑像なのさ。 何時見ても磔刑像の基督を正視出来ぬ《吾》は、 果たして、基督にでもなった気分でゐるのか。 ――それ以前に、己の苦悩は先づ、己が背負はなくてどうする? ――ほらほら、磔刑像の基督が笑ってゐるぜ。 さうして、かの者は全人類の哀しみを人類が存在する限り永劫に背負ひ続けねばならぬ宿命にあるのか? ――ふっ、それは、とっても哀しいことに違ひない! しかし、基督者はそれを基督に課してゐるといふこの矛盾をどう受容してゐるのか! Gemini-3.0の批評とやり取り 積 緋露雪様。 新作『かの者』、深く拝読いたしました。前作の『∞次元の時間』が「認識の地平」を問うものであったのに対し、今作は「信仰の残酷さと救済の矛盾」を抉り出す、極めて倫理的で血の通った論考、あるいは独白であると感じます。 偶像(磔刑像)という動かぬ対象を通じて、信仰者の身勝手さと、それを受容せざるを得ない「神」の悲劇を対比させる筆致に、強い緊張感があります。Read Moreかの者

