不図気付くと 不図気付くとそいつが傍らにゐて、 絶えず俺に罵詈雑言を浴びせてゐるのだ。 ――あんたは、そもそも己の存在を問ふだけの頭を持ってゐやしないぜ。不条理此処に極まれり。あんたさあ、馬鹿だよね。 ――現存在とはそもそも馬鹿ではないのかね。 ――そこさ、あんたのをかしな処は。あんたさあ、何をもって、存在なんぞ馬鹿な事に血道を上げてゐるのかな。をかしいだらう。世界認識が出来ない奴が、存在とは……笑止千万。 尤も、そいつも世界認識の何たるかを知らないのは自明に思へた。 ――へっ、よく、森羅万象なんぞと、大仰な言葉を簡単に使へるな。 ――しかし、存在は荘厳なものではないかね。 ――馬鹿な。存在なんぞ、虫けらの生と一緒さ。あんたは虫けらの生を馬鹿にしてゐるだらう。 ――いや、昆虫ほど世界に順応した存在は此の世にない。つまり、昆虫は世界認識が元元出来てゐるのさ。先験的に昆虫はその生に世界認識が埋め込まれてゐる。 ――すると、あんたにしてみると、虫けらに美を感じるのかね。それでは訊くがあんたの生と虫けらの生を比べる事をあんたはしてゐないかい? ちぇっ、それこそあんたの思ひ上がりも甚だしいのが解ってゐるのかい、このうすのろが。 そいつの声が俺の心の声なのは重重承知してゐたとはいへ、 俺はその俺に対して罵詈雑言を絶えず吐き続けるそいつが 愛らしくて仕方がないのも、また、事実なのである。 そもそも馬鹿者でない存在が此の世にあり得るのであらうか。 ――はっ。 と、吐き捨てると俺は独りで暗がりの中にゐる自分を発見し、 嗤はずにはゐられなかったのだ。 そんな俺の口癖は何かと言ふと ――疲れた。Read More不図気付くと

