何思ふ ぼんやりと川岸に座って水面を見てゐると 心が平穏になるのは、揺らぎ故のことだらうが、 その水面の波紋がこの宇宙の真理に通じてゐるからかもしれぬ。 水面には絶えず波が生滅し、 その儚さが魅力の一つとなってゐるのは間違ひなく、 それが森羅万象の来し方行く末と重なり、 見てゐて全く飽きないのだ。 それは量子ゆらぎを連想させ、 また、此の世が波で出来てゐる事をも思はせる。 固体が液体より軽いと言ふ水でしかないこの特異な性質が 生命の創出に寄与したことに原点回帰を見てしまふこの先入見は、 或る憧憬とともに羊水の中で十月十日の間、 浮遊してゐた時の記憶が甦るのか 水面の柔和な面影には 何時も懐かしいと言ふ憧憬が伴ふのだ。 何となれば、それは断ち切るべきなのか。 この憧憬が曲者なのだらう。 還るべき処があると言ふ事は 覚悟が足りないからに外ならない。 さう、此の不合理の世の中を生きるには 絶望する俺を受容する覚悟がゐるのだ。 此の世に屹立するべく存在する俺は、 しかし、何時も後ろ向きで 自嘲する事にをかしさを覚えRead More何思ふ

