擬態する神 何てことはない。 神と呼ばれてゐたものは、 森羅万象に擬態し、 その身を隠してゐて、 常人には見えない存在として此の世を闊歩してゐたのだ。 それが知れたからと言って、 神は全く臆することなく 擬態に擬態を繰り返して 此の世の森羅万象に変化するのだ。 しかし、それを一度知ってしまった者は、 気が触れて、気狂ひとして後ろ指を指されながら、 途方に暮れて、 それでも砂を噛む思ひをしながらも何としても生き延びるべきなのだ。 だが、神を見たという者は最早それのみで此の世の中で孤立せずにはをれぬ。 何とも残酷な仕打ちなのだが、神を見てしまった者は基督のやうになる外にない。 此の世に見捨てられ、磔刑にかけられて、 神を全く信じぬ白痴の者達に 嬲り殺される外ない。 さて、俺はこれまでに何人の神を見た者を見殺しにしたのだらうか。 俺がその咎から遁れられぬのは言ふに及ばず、 実際に自責の念に駆られながらも、 神なんぞ信じることなく、 森羅万象の秘密を知り得べくと思ひ上がった先入見により視野狭窄に陥り、 さうして実際に森羅万象の秘密を一度は科学者に委ねたのだ。Read More擬態する神

